私達は、ミズホの里へ戻った。レアバードの行方を知るためだ。
レアバードはレネゲートに回収されたらしい。ついでに、このテセアラにもヤツらの基地はあるそうだ。
でも、雷のマナを補充しないと、レアバードは起動しない。雷の精霊、ヴォルトと契約をすると言うと、しいなは目に見えて怯え、嫌がった。
「ダメだ、あたし・・・あたしには無理だよ!できないよ!!」
「しいな!?」
タイガの話を聞き、ヴォルトの契約の話題が出た途端にこれだ。タイガは試練、とか言ってたけど・・・。
・・・うーん、本人から聞くべきか。それとも、人伝で聞くべきか。私は、少し迷いながらもしいなから直接聞くことにした。
一行は、一度、解散し私はしいなを探した。
「どこへ行く」
私を呼び止めたのは、ゼクンドゥスだった。
ちょっと意外だった。何にでも無関心な彼に話しかけられるとは。
「しいなの所よ、一緒に来る?」
私は彼が話しかけたことを、意外に思いつつも答えた。
「・・・必要はない。それに、やめておけ」
「何が」
「しいなに、ヴォルトとの契約を嫌がる理由を聞くつもりだろう」
う、と私は言葉に詰まった。まったく図星だ。
「・・・何でよ」
「嫌がっているのだ。それなりの理由があることは、想定できないのか?」
「そ、そりゃできるけど・・・」
ゼクンドゥスは、このミズホの里を見回した。
「あのタイガと言う男から聞いた話だが」
まるで、独り言のようにゼクンドゥスは語りだした。
「しいなは、前にも一度、ヴォルトと契約し、失敗したそうだな。そのせいで、ここの頭領は眠ったまま。この里の住民の4分の1が死んだそうだ」
「・・・・・・!!」
「あれは、自分に引け目を感じている」
あれ、と言うのはもちろんしいなのことだ。ゼクンドゥスなりに、気を使ったつもりなのだろうか?
「己のせいで、多くの命が消えるのは・・・苦しいものだ」
「・・・うん」
「それでも、聞くつもりか」
「やめた」
私は、ゼクンドゥスの問いかけに即座に答えた。
「ほう? なぜだ」
「聞くのはやめて、励ましてくる。で、しいな、どこ行ったの?」
私がそう答えると、ゼクンドゥスは軽くあごをしゃくって、お地蔵さん(多分)がある里の外れをさした。
「ん、ありがと。ゼクンドゥス」
私はゼクンドゥスに礼を言った。ゼクンドゥスが、少し意外そうな顔なのが、ちょっと気に入らなかった。
―――――――――――――――――――
「し〜いなっ♪」
「わっ!?かいっ!?」
私はお地蔵さんに祈りを捧げているしいなに、背後から抱きついた。
「ご名答! これも愛の力?」
「どんな力だよ・・・」
呆れてしいなが肩を落とす。
「・・・契約、やっぱ怖い?」
「・・・聞いたのかい?」
「うん」
私がこっくりうなずくと、しいなは肩を震わせた。
「じゃあ、わかるだろ? あたしには、無理なんだ。また、大勢の人を殺しちまうよ!」
「・・・大丈夫だよ」
「気休めはやめとくれよ! 現に、前はたくさんの人を殺しちまったんだ!!」
「うん、そうだね」
私ハタから見たら冷徹とすら思える冷淡な声で、うなずいた。
「でも、ウンディーネの時は大丈夫だった。私ら、ピンピンしてるよ」
「で、でも・・・!!」
「あの時とは、全然違う。私や、ロイド、コレットにジーニアスに、リフィル、ゼロスとプレセア、リーガル、ゼクンドゥスだっている」
あの時、しいなが前に契約した時とは全然状況は違う。私は、にっこりと笑った。
「それに、一番重要なのはコリンみたいな、仲間がたくさんいるってこと」
私は、しいなの頭を軽く小突いた。
「一人じゃないよ。みんながいる。しいながヤバくなったら、私達が助けるから」
「・・・」
「しいなは、笑っていた方がずっといいよ」
我ながらくっさいセリフを言いながら、私はしいなと向き直った。
「がんばって、って無責任に言うけど。しいな一人に、辛い思いはさせないから」
辛いかもしれないし、苦しくて逃げたくなる時もある。でも、一人じゃないから。
私はじっと、しいなを見た。しいなも、じっと私を見た。
「・・・うん、そうだね・・・あたし、やるよ。がんばって・・・やってみる」
私は、何も言わずしいなの決意を喜んだ。
―――――――――――――――――――
「ふわあ、ばちばち〜」
「髪が・・・逆立ってます・・・」
雷の神殿は、何て言うかびりびりだった。
落雷の音なんか聞こえてくるのは、気のせいじゃない。静電気が凄まじく、プレセアの髪なんか本当に逆立ってる。
祭壇が見えてきたときは、すごくホッとした。このむずがゆい空間は、ちょっと苦手だ。
「しいな」
「・・・わかってる」
しいなが祭壇に近づくと、祭壇から雷が放たれた。
ばりばりと、触ったらきっと感電するであろう、その雷の固まりは丸かった。
紫色の透明な丸の中では、放電を繰り返し、その丸い物体には目つきが悪い目玉がくっついていた。
この丸いのがヴォルトだ。じ、とヴォルトは無機的な視線を送ってくる。
『%&$#@*+$=&%』
明らかに理解不能な、人語ではないノイズ音をヴォルトは発した。喋って・・・る?
そいや、ヴォルトって口がないんだよね・・・。
「ま、まただ! 昔と同じだよ! こいつは何を言ってるんだい!?」
言葉が通じなかったせいで契約できなかったのか・・・。
コミュケーションって大事だよね。
「落ち着いてしいな。私が訳します。・・・我はミトスとの契約に縛られし者。お前は何者だ?」
しいなが慌てるが、リフィルがフォローするように前に出た。
それを聞き、しいなはすう、と緊張しながらヴォルトを見据え、契約を請う。
「あたしはしいな。ヴォルトがミトスとの契約を破棄し、あたしと新たな契約を交わすことを望む」
『++*=&%&&$』
「ミトスとの契約は破棄された・・・だが、私はもう契約を、望まない・・・?」
「な、何で!?」
私が思わず叫ぶと、ヴォルトは一応答えてくれた。
『*+*×&%$%∀&#&』
「・・・人と関わりは持たない。だから契約は望まない」
「それじゃあ・・・困るんだっ!」
「しいな、よせっ!」
ロイドが止めるが、それを合図にしたかのように、雷撃が波紋のように放たれた。
「はぐっ!?」
びりっ、ときた。静電気とかは、あんまり縁がない体質だが、何て言えばいいんだろう。
身体の中の、水分が震えて悲鳴をあげている。こそばゆい痛みが、何となく普通の痛みよりも不愉快だ。
だが、今のこれは痛みよりたちが悪い。身体が弛緩して、動かない。ひくひくとみんなの身体が痙攣している。
「ちく、しょっ・・・」
負けるもんか! 負けるもんか!! こんな所で、死んでたまるか!!
私は歯を食いしばって、立ち上がろうとした。身体全体が痺れて、バランスがとれずに倒れかけたけど、それでも感覚の半分なくなった足で支え、私はしいなの元へ走る。
しいなに、雷の塊がぶつけられた。危ない! と叫ぼうとして、できなかった。
だが、しいなは無傷だった。
それは、喜ばしいことだ。けれど、しいなの足元に転がっている、狐のようなそれは何だ?
煙が上がっている。その小さな身体を、私は知っている。
何で、何でコリンが倒れているんだ?
「コリン・・・?」
コリン、コリンだ!私は信じられないものを見るように、コリンを見た。
雷の塊を受け、傷つき倒れていたのはコリンだ。身体から上がっている煙が、たまらなく痛々しい。
「ウソっ!!」
私は、ぎくしゃくとした足取りでしいなと、コリンの元へ走った。その速度は、恐ろしく鈍い。
ショックで座り込んだしいなの背後へ回る。コリンの、最後の声が、言葉が聞こえた。
コリンが、しいなを庇ったんだとすぐに理解できた。けど、納得したくなかった。
「しいな・・・ヴォルトは、人間を信じられなくなっているだけ・・・。ちゃんと誓いを立てて、契約してごらんよ。しいななら、できるよ・・・!」
「コリン・・・」
声が、嗚咽にも似た声が、口の端からもれる。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに、辛いはずなのに。コリンは、笑顔だった。
この笑顔を私は知っている。大好きな人に、泣くのを我慢してお別れを告げる悲しい笑顔だ。
「しいな・・・これ以上、力になれなくて・・・ごめん、ね・・・」
「し、死なないで、コリンっ!!!」
しいなはコリンを抱きしめて、叫んだ。
光の粒が、螺旋を描いた。
それは、コリンだ。コリンの身体が、光になって消えていく。天に昇っていく。
切ない思いだけを残して、どこかへ消えてしまう。
残ったものは、しいながコリンにあげたと本人の口から聞いた、小さな鈴だった。
澄んだ音が、悲しいまでに響き渡った。
その時のしいなの顔を、何て言えばいいんだろう。
鈴を握り締めたしいなの手のひらに、ぽとりと真珠色の涙が落ちた。
「あたし、やるよ・・・コリン。もう、ヴォルトの影に・・・自分の恐れに負けたりなんてしない」
しいなの声には、悲しみはなかった。
聞こえたのは、私がミズホの里で聞いたしいなの決意よりも、もっと強くて硬くて、とてもキレイなもの。
「あんたがくれたもの、絶対に無駄になんてするもんかっ!!
ヴォルト! あたしを命がけで守ってくれたみんなのために、お前の力を貸せ!」
しいなが叫ぶ。それに、ヴォルトは答えた。
『%%&$#%&$*』
「ならば力を見せてみよ・・・だそうよ。・・・ハートレスサークル!」
しゅうぅっ、と傷を癒す陣の範囲にいた、みんなの傷が癒される。
「飛燕連脚!!」
私は飛び出て、ヴォルトを攻撃した。蹴った感触は、まるでゴムマリを蹴りつけたようだ。
「下がってなっ、閃光烈破!」
ゼロスが、私を後ろに行けと促す。私はそれに従い、バックステップして後ろに下がる。
「では、新技行くよ! 真空波斬!!」
私の創作技、第三弾だ。雷をまとった攻撃は効きそうにないので、この技で試してみた。
風を切る音がして、しゅばっ、と私はヴォルトを切り裂いた。
「アイストーネード!!」
ジーニアスの氷の魔術で、ヴォルトが動きを止める。
「弧月閃!」
「天月閃!」
プレセアと、リーガル、2人が息を合わせ、美しい弧を描きながら蹴り上げ、切り裂く。
ヴォルトが、震えた気がした。あと、少し!
「しいなぁ!!」
私は叫んだ。しいなはすでに走り、ロイドも一緒だった。
「ぶっ倒しちゃえ!!」
私の声が聞こえているのか、いないのか、それでもしいなは迷わなかった。
「蛇拘符っ!」
「瞬迅剣!」
しいなの符と、ロイドの剣が交錯した。そして、それは新たな技となって、ヴォルトに襲い掛かる!!
「蛇影剣っ!!」
それが、トドメだった。
ヴォルトは二人に吹き飛ばされ、その姿が大きく歪んだ。
・・・そして、しばしの沈黙。
動きを止めたヴォルトは、しいなに向き直った。何か、また意味不明な言語を放つ。
『&%#$%&♭#*×+』
「しいな、誓いを立てろと言っているわ」
リフィルの言葉に、しいなは穏やかな顔で答えた。
「さっき、言ったとおりだよ。あたしを命がけで守ってくれたみんなのために、コリンのためにも、みんなが住む二つの世界を助けてあげたい!」
「しいな・・・」
私は感動してしいなを見た。
成長した。すっごい成長した。それが目前に感じ取れて、私はまさに感無量といった感じだ。
『%*&%#&$&+@煤x
「誓いは立てられた・・・我の力、契約者しいなに預ける・・・! やったわ、しいな!」
「いよっしゃあ!!」
私が歓声を上げる。しいなは、照れたように笑っていた。その手の中にはサードニクスの指輪が握られていた。
と、同時に異変は起きた。じ、地震!?
「ふえっ?」
ふと地震が収まると、祭壇の上にはヴォルトが、そしてなぜかウンディーネがいた。
『二つの世界の楔は放たれ・・・相対する2つのマナは分断されました』
「どういうこと?」
つか、楔?
『マナは精霊が眠る世界から目覚めている世界へと流れるのです。私たちが祭壇から離れたのはこれが初めて。これにより、二つの世界を繋ぐマナは消滅しました』
「そりゃあいい!」
ゼロスは口笛を吹いて、手を打ちあわせた。
「つまり、全部の精霊を祭壇から離せば、二つの世界は分離するのね。それならお互いにマナの取り合いをしなくて済む・・・」
リフィルが少し興奮した口調で意見を述べる。
「シルヴァラントもテセアラも・・・同時に救えるのか?」
ロイドが聞くと、ウンディーネは首を振った
『わかりません。ですが、少なくとも世界を繋ぐマナは消滅し、二つの世界は切り離されるのです』
それだけを言うと、2つの相反する属性を持った精霊は姿を消した。
「精霊には二つの世界を繋ぎ止める、楔の役割があったのね。そして精霊は封印の間を動かず、互いを通してマナのやりとりをしていた」
「でも姉さん、どうして精霊は動かなかったのかな。ミトスが命じてたならわかるけど・・・契約は破棄されてたんでしょ?」
契約。ミトスが交わした契約とは、一体何だったんだろう。リフィルは首を横に振った。
「それは・・・わからないけれど。でも、これでやるべきことは決まったわね」
「二つの世界を繋ぎ止める精霊全てと契約して、世界を切り離すんだな!」
ロイドが意気揚々と言う。
「ひとまず、帰ろう。もう、くたくただよ・・・びりびりするしさ」
私は肩を落として提案した。それに逆らうことなく、みんなはあっさりと賛成してくれた。
「・・・あれ?」
出口付近には、見知った顔があった。それも一度見たら忘れられないであろう、青ずくめのおろちだ。
おろちは覆面ごしに、笑った気がした。
「ヴォルトと契約できたそうだな・・・良かったな、しいな」
「!! う、うんっ!!」
しいなは嬉しそうにうなずき、そして何か袋を手渡した。
「何、これ?」
「ウィングパックだ。レアバードを運ぶための袋だ」
「あ、中身はどこにあるか知ってます?」
それに、おろちは腕を組み答えた。
「テセアラベース、レネゲートのアジトだ」
「はあ」
ってことは、あのユアンの基地にもぐりこむのか。
「・・・ある意味、精霊との契約より、タチが悪いかも」
私は、苦笑しながら頬をかいた。
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