「あれがユニコーン?」
ユウマシ湖の深い水底にいた白馬。あれがユニコーン。遠目から見てもほぉ・・・と見惚れてしまう美しさだ。
「んじゃ、早速ウンディーネを召喚して・・・」
「ユニコーンは清らかな乙女しか近づくことができない。私とロイド、ジーニアスでは無理だな」
「えー!」と声をそろえてがっかりするロイドとジーニアス。行きたかったらしい。
「私はお断りします。とコレットだけでどうぞ」
リフィルがそう言うと、しいなが大いに気分を害したと言いたげに怒った。
「ちょっ! あたしには資格がないって言いたいのかい!?」
「資格?」
ロイドとジーニアスは声をそろえ、コレットは首をかしげた。
・・・オイオイ。
「こ、声をそろえるんじゃないよ!」
「あ、あははははは・・・。まあまあ、しいな。落ち着いて・・・」
しいなが怒る気持ちがなんとなくわかります。
「3人で行こ。いいよね?」
コレットがこくりとうなずく。そしてしいなが召喚を始める。
「清蓮より出でし水煙の乙女、契約者の名において命ず。いでよ、ウンディーネ!」
すると煙のようにウンディーネが現れた。
「ウンディーネ! ユニコーンのところまで連れてっておくれ!」
『わかりました・・・』
すると私とコレットとしいなは、泡に包まれ湖底を滑るように移動した。
「うわ・・・」
物珍しさに私はきょろきょろと見回した。ユニコーンはどこだろう?
『・・・マーテルか?』
頭に声が響いた。それは明らかに耳から入った声ではない。
ユニコーンだ。ユニコーンが水の上を滑るようにして水面に立っている。
私はぽかん、とマヌケにも口を開いたままになった。
先刻のセリフはコレットに言ったらしい。しいながそれを訂正する。
「マーテルって女神マーテルかい? 違うよ、この子はコレット。あたしはしいな。そしてこっちは」
『マーテルではない?そんなはずはない。この気配、このマナ・・・盲いた私でもはっきりわかる。
それに私が生かされているのは目覚めたマーテルを救うため。お前はマーテルと同じ病を抱えている』
「わかるの!? コレットが・・・病気だって」
病。似たようなものだ。天使になるって事は。
「じゃあ、頼むよ! コレットを助けておくれ!」
それにコレットは首を横にふった。「わたしはいいから」、そう言ってる。
「コレット、それが再生の神子の使命だから。みんなを助けるためだから。そう言いたいの?」
私がそう言うとコレットはうなずいた。
・・・何の躊躇もなく。なんだか悲しくなった。
『そうか・・・お前は再生の神子なのか・・・』
ユニコーンは驚きを隠せない口調で言った。
『よかろう、私の角を持っていくといい・・・』
ぱあぁぁっ
ユニコーンの角が輝き、コレットの手に収まった。そして私は、いや私達はぎょっとした。
当然だ、ユニコーンの身体が透けて、・・・いや、消えているのだ。
「ど、どうしたんだい!?」
『我々にとって角は命そのもの。私の命は終わり、そして新たな命に受け継がれていく・・・。
そうして我々は生き続ける・・・永遠に生き続ける・・・』
「あっ・・・」
そしてユニコーンは強く光り輝き、完全に消えた。
「命に代えてでも、コレットを助けようとしたんだ・・・」
コレットは強く、強く角を握った。
―――――――――――――――――――
ぱちんと、たき火から火の粉が散った。しいなは何やら神妙な顔をして、やがて意を決したように語りかけた。
「みんな・・・聞いてくれないか?」
「・・・・・・・・・?」
「・・・あたしが、神子の・・・コレットの命を狙った理由をさ」
「あっ」
ぽんっ
私は思わず手を打った。
そーだそーだ、そーいやそーだ。しいなは一応、再生の神子を暗殺しに来た暗殺者だ。
すっかり忘れてたよ、わっはっは(オイ)
「聞きましょう、ここには存在しないあなたの世界を」
リフィルの返答にしいなは大いに驚いた。
「知ってたのかい!?」
「あなたが言ったのよ。あなたの国が滅びるって。
つまり、あなたはこのシルヴァラントの人間ではないってことでしょ?」
しいなは感嘆とも取れるため息をついた。そして続ける。
「じゃあ、話は早いや。あたしの住んでる国は『テセアラ』、そう呼ばれてる。
このシルヴァラントと常に隣り合う世界・・・それがテセアラさ」
もうひとつの世界テセアラ。
・・・ん? 何か引っかかるなぁ・・・。
「テセアラとシルヴァラントは互いに見えないけど、ちゃんと干渉してるんだ」
「干渉・・・?」
しいなはうなずいた。
「マナを搾取しあってるのサ。片方にマナが注がれれば繁栄し、もう片方は衰退する。砂時計みたいにね」
「じゃあ、今のシルヴァラントは・・・!」
ジーニアスがあわてて口を開く。
「今、テセアラは繁栄し、シルヴァラントは衰退してる。マナが減ればどうなるかわかるだろ?」
全員が一斉にうなずいた。マナがなくなれば作物が育たず、魔術は使えない。
「では、世界再生とはマナの流れを逆転させる儀式のことなの?」
「ああっ!?」
「うわっ!?な、何だよ、」
ロイドが驚いたように私を見た。
そうだ、思い出した! 最初の封印開放! レミエルのセリフ!
彼はこう言ったのだ。コレットが天使になれば『この世界』は救われると。とゆーことは、つまり・・・。
「ああ、そうすればテセアラは衰退し、滅びちまう。
あたしはそれを阻止するためにここに来たんだ。あたしの世界を守るため」
沈黙が支配した。ヘ、ヘビィな内容だ。
「・・・それってシルヴァラントを見捨てるってコトだろ?」
ぽつりと言ったロイドに、しいなは苦しそうな顔になる。彼女も、こうなる事は予想していたんだろうか?
「否定はしないよ。でもあんた達のやってる事だって同じだよ。シルヴァラントが繁栄して、テセアラが衰退する。
立場が・・・たまたま違ったからこうなったんだ。やってる事は同じだよ」
またしーんとなった。しいなの言うことに嘘はない。そう思った。
「あたし自身、どうすればいいのかわからないんだ! この世界は貧しくて、苦しんでて!
でも、あたしにはテセアラを見捨てるなんてできない! 何か道はないのかい!?
シルヴァラントもテセアラも、コレットも幸せになる道はさ!」
「そんな都合の良いものは存在しないのではなくて?」
ばっさりと切り捨てるようにリフィルは言った。
「我々にできる最善のことはマナの枯渇を防ぎ、シルヴァラントを救うことだ」
クラトスが淡々と続ける。
・・・昔、誰かが言ってたな。
神がいようといるまいと、人はただ生きて死ぬだけだ。まさにその通り。何か思い出した。この言葉を。
しかし、夢も希望もないなぁ・・・この2人。あんな悲観的な人間にはなりたくないや。私(オイ)
が、まったく方法がないこともなかった。
最後の封印の時に会うレミエルに会えばコレットが二つの世界を救う方法を聞いて見ると言った。
私は口には出さなかったが、それは無理だと思った。なぜならレミエルはこの世界再生がテセアラを見殺しにする事を承知している可能性が高い。
そんな彼が二つの世界を、シルヴァラントとテセアラを救う方法を知っているだろうか?
答えはNO。まあ、まったくダメというわけじゃないんだけど・・・・。期待はしない方がいいだろう。
シルヴァラントもテセアラも、コレットも幸せになる方法。
あまりにも甘い道ではあるが、あっさり否定して諦めたくなかった。
寝付けず星を数えていると、やがて眠ってしまったらしく、気が付けば空は青かった。
―――――――――――――――――――
ハイマでピエトロにかけられた呪いは、ユニコーンの角の力、レイズデッドで完全復活した。
彼は以下の通りの話しをしてくれた。
ディザイアンはエンジェルス計画なるものを進め、何かを復活させ、さらに魔導砲――クラトス曰くトールハンマー――なるものを開発しているようだった。
しかしアスカード牧場は壊滅したので、当面は大丈夫だろう。
明日、救いの塔へ向かう。しいなもついて行くとのことだ。
救いの塔は天辺が見えないほどに巨大で、高く、首が痛くなった。マナの守護塔よりも高い。雲より高いのではないだろうか。
救いの塔には飛竜に乗っていくとリフィルは言っていた。私は夜になるまでボーッと救いの塔を眺めていた。
ロイドとコレットとジーニアスは何か、色々筆跡で会話していた。
しいなはコリンと、リフィルは何か考え込み、そしてクラトスは・・・。
「これからもお前にはロイドを見守ってもらわなければならないな・・・」
ノイシュと話していた。意外にも仲良しらしい。ノイシュは嬉しそうに一声鳴いた。
「・・・まったく長い付き合いになったものだ。・・・私にはやらねばならぬことがある。
だから、守ってくれ・・・私の代わりにロイドを・・・」
・・・・・・・・・・・。
キャーキャー、愛の告白もどき!?
クラトス、ロイド溺愛!?師匠と弟子の報われぬ愛憎劇!?ステキよ!!(待て)
・・・って、何か背後にいる!?
「!! 危ない!」
「クラトス、後ろ!!」
宿屋の影からロイドが叫んだ。クラトスの背後を青い髪の男が、ナイフか何かで襲いかかった。
だが、私とロイドの声に反応したクラトスは、振り向き様に剣を抜き斬りかかった。
襲撃者は、一体どーゆー仕組みなのか、胴元を押さえて消えた。
「何? 今の・・・」
「・・・助かった。二人とも、礼を言う」
「いやあ」
私は頭をかいて照れた。改めて言われると恥ずかしい。
・・・・・・しかし、青い髪の男ってもしかして・・・。
うーみゅ。ロイドだけではクラトスまでも襲うとは・・・さすが節操なし、いや、守備範囲が広いだけか?(待て)
・・・・・・・まあ、違う事を祈ろう・・・うん・・・。
「・・・ロイド」
クラトスの瞳が、じっとロイドを見た。その真剣なる光に、私が踏み込むスペースは微塵とない。
・・・・・・・・・・・・・・・・あの、もしもし?
「え? 何だよ?」
クラトスはゆっくりと言った。
「・・・・・・死ぬなよ」
「な、何だよ、急に」
クラトスは宿へと戻り、何も言わずに去って行った。
私を最後まで無視するところが最高だよ、兄さん。
「あ、ねえ、何か落ちてるよ?」
私が地面を指差すと、そこには指輪が落ちていた。私はそれを拾い、じっと見た。
「えーと・・・何だ? Y・・・M?イニシャルかな?」
「誰のだ?」
私は肩をすくめた。とりあえず持っておこう。損はないはずだし。
「ま、宿に戻ろう」
私とロイドは、宿へ戻った。
―――――――――――――――――――
夜。私は、眠れずに外を散歩・・・。
してなかった。
いや、さすがに神経太い私でも、世界再生目前なんだし眠るさ。無理やりにでも。
そして、私は眠って夢を見た。
・・・誰だろ?
――
わ!? だ、誰・・・?
私はびっくりしつつも、声の主を探した。しかし姿は見当たらない。
綺麗な声だ。水の流れる音、梢の音、自然界に存在しそうな、そんな声。
――そして・・・・
・・・?
何? 聞こえない。
――異世界から来た少女・・・聞いてください
はあ、何でしょう。
――あなたは、もうすぐ大切な何かを失ってしまいます
大切な何か・・・?
――それは、取り戻せるものかはわかりません
取り戻せないもの・・・? まさか・・・操! 童貞!?(爆死)
――聞いてください、異世界の少女
うあ、軽くスルーされた。つっこみすらない。
――これから、あなたは耐え難い苦しみを味わうかもしれない
・・・苦しみ?
――でも、負けないで。あなたには彼がいる・・・
彼? 誰? ロイド? ジーニアス? クラトス?
それともまさか、大穴であの青髪変態ホモ青年?(待て)
――彼は、人を信じていません。けれど・・・
ねえ、声さん!! お願いです、後生ですからつっこんでください!
俺はボケと突っ込みがないと生きていけない体質なんです!!
つーか彼って誰だよ!?
――彼に信じること、そして、一人では決して成し得ない力を・・・
信じる? ・・・力? 何それ、全然わかんない。教えるの?私が。
――彼を・・・お願いします
だーかーらー!
「あんたは一体何者で、私に何をさせたいんだよ!?」
とうとう我慢できず、がばりと起き上がって大声で叫んだ。
・・・夢? の割りにはリアルだったな。
「朝・・・か」
私はベッドから立ち上がって、大きく背伸びした、
―――――――――――――――――――
飛龍に乗って、私たちは救いの塔へと向かった。私は人数の関係で一人乗り。
コレットとクラトスは早々と救いの塔へと向かった。それを追いかけるように私達は飛んだ。
昨日見た夢、何だったんだろ。
そんな疑問がかすかによぎる。風が強い。
あの声、あの人、いったい誰なのだろう。私は知っているのだろうか?
何かを。途中で記憶が飛んだとか、変な経験でもしたんだろうか?
胃が重い。食べすぎとかじゃない。私は今日、どうにも食が進まなかった。
・・・イヤな予感がするのだ。胃がむかむかして気持ち悪い。
酔ったのではない。乗る前からこんな感じだし、私の三半規管は丈夫なのだ。
ロイドとジーニアスを追いかけて、私は救いの塔の前へと着地した。
「コレットとクラトスは?」
「先に行ったみたい。ボク達も行こう」
そして塔の中に入ると、私の身体は泡立つような悪寒に襲われた。
緑の毒々しい空間に、木の根っこがガラスの通路に張り付いている。
周囲には棺桶のようなものが浮かんでいた・・・・いや、違う!
棺桶のようなではなくて、本物の棺桶そのものだ!!
私はこみ上げてくる吐き気をこらえて、無理やりにその感情を押さえ込んだ。そして、呆然とつぶやく。
「何・・・これ・・・?」
「おそらく・・・世界再生に失敗した神子達だわ」
「げ!」
じょ、冗談じゃねぇ! 失敗したらコレットもこーなんの!?
「そんなことさせるもんか! 行こう!!」
私達は一斉に走った。そして開けた場所に出た。
木の根が石柱に絡みつき巻きついて、ガラスの床と階段があった。
「さあ、コレットよ。最後の封印を解き放ち、人の営みを捧げたそなたの最後に残されたもの・・・。
―――すなわち心と記憶を捧げよ!それを自ら望むことでそなたは真の天使となる!!」
そこには、コレットとレミエルがいた。すでに封印は解かれているのか、淡い光でコレットが包まれる。
「なっ・・・!?」
「心を・・・捧げる、だと!?」
「そんな! じゃあコレットは・・・!?」
「・・・コレットは死を迎え、天使として再生するのよ」
そう、辛そうに言ったのはリフィルだった。
「先生!?」
「じゃあ、コレットは世界再生のために死ぬって言うの!?」
「それは少し違うな」
レミエルが変わらぬ口調で、口を挟んだ。
「神子の身体は死に、身体はマーテル様に捧げられる。そしてマーテル様は復活する!
これこそ世界再生! マーテル様の復活こそ世界再生そのもの!!」
あまりのショックに身体の器官が麻痺した。
コレットが死ぬ・・・?
リフィルが隣りで、冷静な態度を装って聞いた。
「レミエル様、テセアラという世界があるのをご存知ですか?」
するとレミエルはすっと目を細めた。
「・・・そなたが知るべきところではない」
私は舌打ちした。
・・・図星、か。
「・・・本当なのね。二つの世界はマナを互いに搾取しあっているのね」
「それはともかく! ねえ、シルヴァラントもテセアラも幸せになる方法ってないの!?」
私が叫ぶとレミエルは静かに答えた。かすかに、嘲りのニュアンスが込められていた。
「神子がそれを望むのなら・・・天使となって我らに力を貸すがいい。
マーテル様が目覚めれば二つの世界は平和になろう」
つまり、コレットが犠牲になれば、二つの世界は平和になる。
「コレット・・・本当に心を捧げるつもりかい?」
震えるしいなに対し、コレットは―――笑った。笑ってうなずいた。
「コレット! ダメだ!!」
ロイドがコレットを引き止めようとするが、ジーニアスがそれを阻んで、腰にしがみついた。
「放せよっ、ジーニアス!!」
「ボクだって嫌だよ! でも、シルヴァラントの人だって苦しんでるんだよ!」
「だからってコレットが犠牲になった世界で、お前は笑って暮らせるのか!?」
誰かが、犠牲になって、成り立つ世界。
私は、何も言えなかった。自分が、何も犠牲なしに生きてきたのかと聞かれれば、答えはNOだ。
人は、何かを犠牲にして、生きている。どうしたらいいんだろう。私は何も言えなかった。
手の甲のエクスフィアが、熱い。そう、このエクスフィアだって、誰かを犠牲にしているのだ。
「さあ、我が娘・・・父の元へと来るのだ。封印を解き放つのだ!!」
「待てよ! コレットはあんたの娘なんだろ!?なのに―――!!」
それを聞いたレミエルの顔には、はっきりとした侮蔑が浮かんだ。
「娘だと? お前たち劣悪種が勝手に父親呼ばわりしただけだろう?
私は器として選ばれた生贄の娘に、天使結晶、クルシスの輝石を握らせただけだ!」
・・・・・・っ!?
「何だと!? て、テメェ!!」
何やら劣悪種だの、生贄だのと聞き捨てならない単語に、私はレミエルに向かって暴言を吐こうとした。
何やら、本気で嫌な予感がする。
世界再生、させちゃダメだ。絶対。
「やめろ、コレット!!」
ロイドが叫ぶ。私は見た。コレットの表情が消えるのを。うつろな、大切なものが抜け落ちた顔だ。
私はコレットの元へ走った。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
こんなやり方で世界が救われる? ふざけるな!!
「・・・らないよ」
「・・・・・・・?」
「じゃあ、いらない!! 私、そんな世界いらない!!」
声が嗄れるほどに、私は叫んだ。
「人の命一つで、簡単に救われるような安っぽい世界、滅んだ方がいい!! 消えちゃえばいい!!
どんなに辛くても、苦しくてもいい! 必死に生きて、救われた方が絶対にいい!! だからっ・・・」
私の頬に涙がつたった。だが、声は届かない。
「ふははははっ! ついに、ついに完成した! マーテル様の器が、この私が!!」
「コレットを帰せ、このエセ親父天使!!」
「そうはいかん。この娘は長い時間をかけて、やっと完成させた器だ。
・・・貴様らにはもう用はない!消えるがいい!!」
「テメーが一人で地獄に逝けよ、クソ天使!!」
私は脳天に青筋震わせ、中指をおっ立てた。口が悪くなったのは、半分キレてるからだ。
「裁かれるがいい、ホーリーランス!!」
白い閃光が巨大な槍と化し、あらゆる方向から私に襲い掛かった。
・・・鬱陶しい。
「邪魔っ! 消えろ!!」
私が叫びながら、光をなぎ払う。いくつかは命中したはずなのに、目に見えない障壁に阻まれて四散した。
変に思ったけど、気にする余裕なんてない。私はナイフを振りかぶり、走る。
「襲爪・・・雷斬っ!!」
振り上げた後、ライトニングほどの威力の雷が飛来する。そして、今度はその衝撃をプラスして斬り落とす!!
「秋紗雨!!」
入れ替わりにロイドが走った。無数の突きがレミエルを襲う!!
「おのれぇっ! この劣悪種が・・・っ!!」
「うっさい、黙れ!!」
私は距離を取り、周囲を見渡した。もちろんレミエルへの罵声も忘れない。
私はあの無愛想なる傭兵を探した。クラトスはどこにいるのだろう、この大事な時に。彼も必ずここにいるはずなのだ。
「エアスラスト!」
「ぐああっ!」
風の刃がレミエルの四肢をズタズタに切り裂く。
「うおおおっ!」
ロイドが、駆け抜ける。レミエルの腹を薙ぐ。
「最強の力が・・・何故・・・っ!?」
あらゆる場所を切り裂かれ、レミエルは倒れた。まだ息はあった。かろうじてだが。
「コレット、戻って来い!コレット!!」
ロイドがコレットに話しかけるが、反応はない。何も答えない。
「――無駄だ。その娘にはお前の記憶どころか、耳を貸す心すらない」
「クラトス!?」
どこから出てきたのか(いや、本当に。探しても見つからなかったのだ)相も変わらず無愛想な傭兵が現れた。
「あんたっ、今までどこにいたのさっ! それに・・・」
「クラトス様・・・お慈悲を・・・救いの手を・・・・・・」
げ、まだ生きてた。・・・ってかクラトスを様付け?
レミエルは倒れた身体を引きずって、クラトスにすがるような目で訴えた。ここまで来るともはや哀れ、憐憫に値する。そして、クラトスの返答は限りなく冷徹なものであった。
「忘れたか、レミエル。私は人間――劣悪種だ。その劣悪種である私に救いを求めるのか?」
そう言い放つと、レミエルはがくりと倒れ伏した。ここからじゃ見えないが、おそらくその顔は絶望に染まっていることだろう。しかし、今はそんな事はどうでもいい。
今はクラトスだ。いつも私達をフォローし、落ち着いていて、何かロイドと微妙に好き嫌いが似ていて、リフィルとは違った保護者の彼がはっきりと遠くに感じた。目に見えるのに遠い。胸焼けがする、気持ち悪い。
「クラトス・・・お前、一体っ・・・!?」
ごくりと唾を飲み込む。聞きたくない。聞いたら何かが変わる・・・いや、終わってしまう。
「私は―――世界を導く最高機関クルシスに属するもの。神子を監視するためにやってきた“四大天使”の一人」
その言葉とともに、クラトスの背中から青い硝子のような羽が出現した。
・・・天使。羽がある人間を天使と呼ぶなら、まさにクラトスは天使だ。
「クラトスさんが・・・天使!?」
「コレットを・・・コレットをどうするつもり!?」
私は叫んだ。身体の奥底にあるわだかまりを、不安を打ち消すように。
「神子はデリス・カーランに召喚されることで封印は解かれ、マーテルは目覚め、世界は救われる。
神子がマーテルと同化することで封印は完成される」
つまり、コレットがいなくなると言うことに変わりはない。
そんなの、死んでもゴメンだ。
「っざけんな! さっきも言ったけどンな方法で救われる世界なんていらない!」
それにクラトスは冷たく返した。
「それはお前がこの世界の人間ではないからだろう」
・・・・・・え?
「ちょっ! じゃあはテセアラの人間だって言うのかい!?」
驚くしいなの言葉に、私は何も言えなかった。
「違うな。はテセアラでも、シルヴァラントの人間でもない。
エルフも、魔術の事も、マナのこと・・・マーテル教も、世界再生のことも、何も知らない。それが証拠だ」
その通りだった。
私は、石でも食べたみたいに硬直した。
ぐっと、拳を握り締める。反論できない。事実だから。
「自分の故郷ではない世界だから、そんな事が言えるのだ。
いや、この世界が自分とは無関係だからこそ、そんなことが言えるのだろう。
この世界がどうなろうと、お前には何の益も害もないからな」
世界が、滅ぶ。
私は、そんなに“ここ”に無関心なのだろうか?
世界が、どうなろうと、私には関係ない。人が死んで、何が変わる。人が死んで歴史が変わるなんて有り得ない。変われない、変わらない。沈んでいく、冷たい土の底へと。
その中に、墓標にコレットの名が刻まれる。それを、私が望んでる?
「・・・・・・・・・バッカじゃない」
誰がそんな事を望んでると言うのだ。
この世界はコレットって人が死んだおかげで成り立ってるのよ、感謝しないとねーなんて言えるか?
世界のために死ねって言われて納得できるか?
そんなの壊せばいいんだ。粉々に、灰になるまで焼き尽くして。
笑える? つい最近まで隣にいた人間が、いきなり犠牲になるんだぞ?
それを簡単に認められる? それを当たり前のように、受け入れられる?
嫌だ、私はそんなの死んでもゴメンだ。
そして、私の出した結論は一つ。
「・・・・・・クラトス、あんた馬鹿?
人が、死にました。はい、世界が救われました。おめでとー・・・って笑える?」
私はクラトスを睨んだ。殺気を込めて。
「しかも、シルヴァラントが繁栄したら今度はテセアラが辛いんでしょ?
嬉しい? 名前も知らない誰かを間接的に苦しめて」
あー、段々クラトスのバカな言い分もムカついてきた。何を偉そうに語ってるんだ、このオッサン(今まで封印し続けてきた禁句)は。
「しかも何? 私には無関係? どこが?
変態にさらわれ、封印の化け物倒して、牧場ぶっ潰して。
ご飯作って、好き嫌い言うボケにフライパンで十円ハゲを作って。
そんなバカな旅を一緒にしてきた私が無関係?
誰だったかな、お前がなぜか残したトマトを食ってあげたのは」
「・・・・・・・・・・・・」
クラトスは何も答えない。ちょっと顔が赤くなったが気にしない。
この年で、しかも天使の分際で好き嫌いしてるのが恥ずかしいのかもしれない。
「私はね! 薄情だよ、忘れっぽいよ、つっこみが厳しいと評判だよ!
でもね、目の前で犠牲になってるヤツを目の前にして、黙って見送れるほど大人でも愚かでもないんだよ!!」
そうだ。何を言われても、私には彼らが、ロイド達がいる。何も知らない私を受け入れてくれた仲間。
それを見捨てるくらいのなら、死んだ方がマシだ。
「・・・」
「らしくないな、ロイド。わかってんでしょ? こんなん間違ってるって。
後先考えないのはロイドの専売特許でしょ。後の事は後で考えればいい!」
それにクラトスは苦笑した。今この場に来て始めて浮かんだ表情だった。
「フッ・・・ならば私を倒して見せろ。・・・今のお前達で私に勝てるか?」
正直、勝ち目はないと思う。
クラトスは私とロイドの太刀筋を知っていたし、クセなんかは誰よりも理解しているはずだ。ロイドの精神状態はお世辞にも良いものとは言えない。
本人は気付いてないけど、かなり危うい。兄のような、師匠のように慕っていた存在に裏切られたのだ。それでショックを受けないほうがおかしい。
やっぱ、ここはクラトス無視してコレットを・・・。
『よせ、クラトス』
低い、男の声がした。そして、何もない空間から突然それは姿を現した。
BACK
NEXT
TOP