それを人は雑用と呼ぶんだよ


あたしは客室に入って即行で眠った。詳しい話とか全然聞く気なんておきない。疲れた、とっても。
部屋は、あたしが最初に来た部屋とは違っているが、デザインは同じ。岩の壁には木々の蔓なのか、枝なのか良くわからない植物がひしめいている。
足元は真紅の絨毯が広げられ、素材不明なプラスチックのような光沢を持つテーブルと椅子。窓はあるが、枝から伸びる葉っぱのせいで外は見えない。
あたしは即行でベッドに入り込み、すいよすいよと惰眠をむさぼった。
そっから先は言うまでもなく記憶はない。
その翌日には、用意された服を着た。・・・ずっと、あたし寝巻きで出歩いていたもんね。
まあ、その辺の好意はありがたく頂く。
用意された服は、何とも形容しがたいものであった。
ローブに似ているが、どこかスーツにも見える。右前の襟と、金のボタンは学校の制服にも似ている。けれど、似ているのは上半分で、残り下半分はスカート同然。
ちょっと、着方が分からず、あたしはオリヴィエに助けを求めた。名前を呼んだらすぐに出てきたので、正直言うとかなりビビりました。
オリヴィエはなぜか昨日とは違うメイド服を着ていた。髪の毛をひとまとめに括って、ポニーテールにしているので大分印象が違った。
・・・毎日、違うメイド服を着てるんだろうか。この人(?)は。
それはともかく、あたしは食事もせずに、アーカーに手を引っ張られ、魔王城の真下にある建物に連れてこられた。
オリヴィエに軽く聞いたところ、魔王城の周辺は繁華街であり、中心街でもあるらしい。とにかく、様々な魔物たちが集まってくる。
その原因の一つが、駅。
結構な土地を持つこの地では、その移動手段の一つが列車らしい。これを提案したせいか、一気に他の区域との交流が増え、中心街は一気に栄え、今に至るらしい。
その線路が集まる場所こそ、この魔王城前の駅。ゆえに魔物達が集まってくる、らしい。
そして、その列車の動力源が視界に入った瞬間、あたしの視界はホワイトアウトした。
目の前が真っ白になるという光景は、早々と見れるものじゃない。
・・・現に、あたしは生まれて始めて気絶したいと思った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙は、あたしの恐怖感と戦慄、そして逃避願望を読み取っていただければ幸いだ。
あたしの、目の前にいるのは。目の前にいる、その動力源は。
「どうしました?」
黒い帽子、黒いコート、中世の産業革命真っ最中の時代に生まれたような英国紳士の格好をしているアーカーが、あたしに向かって手を伸ばす。
アーカーは、トロッコのような車に片足を踏み入れている。
それは、車に似ているが、ただトロッコと言ったほうがしっくり来るかもしれない。いや、もっとわかりやすい例があった。屋根付きの馬車だ。あれを鎖でいくつもつなげ、線路にあわせて走るらしい。
そんな小さなコンパートメントのように仕切られた馬車の群れを、引きずる生物。
馬だったら、私はここまで反応しない。動力源が、あたしの苦手とする生物の形じゃなければ、あたしは何だってする。ドラゴンだろうと、構わない。火を吹きかけられようと、唸り声を上げて脅されようと、あたしは我慢してみせると思う。
仕切られた馬車を引きずる生物。
それは口にするのもおぞましいくらい巨大な、五メートルはありそうな蝶の幼虫にそっくりな芋虫だった。
「みゃ、脈打ってる・・・」
その時のあたしの心情を、どう表現したらいいものか。直視したくないのに、目一杯に広がる不気味な巨体から目が離せない。
ぶよぶよと、形容しがたい材質の表面は、細かな毛でびっしりと覆われていた。メロンのような、白い線のあるそれは、直視したくない。しばらく緑色恐怖症になりそうだ。
「ひぃ・・・!」
口と及ぼしきば所が動いてる。ゼリーのようなそれ。しばらくゼラチン質のものが食べられない身体になりそうだ。その横からは、鋭い棘がある。
・・・ああ、神様。
今なら、あたしは魔王にだって、何にだって魂を売れそうです。あたしは魔王だって指名されたというのに、何ですかこれは。
「ここここ、これに、乗るの?」
「お気に召しませんか?」
召さない。全然召さない。
あたしはこくこくと涙目でうなずくと、アーカーは苦笑を浮かべた。
「現魔王様も似たようなことをおっしゃいましたよ。あいにく、この時間帯、ペガサスはいませんからあちらのドゥーナで構いませんね」
アーカーの言葉は意外と優しいものだった。あたしはその言葉にほっとする。
ドゥーナって何だろ。
アーカーの視線の先を見る。今は朝ではあるで、通勤ラッシュは異世界でも変わらないようだ。
人らしき外見をした魔物たち、明らかに人間の等身をしていない小人や妖精らしきものから、犬猫などの動物の姿をした何か。
黒いローブを羽織った人らしきものまで、種族は様々だ。
「・・・あれがドゥーナです」
言って、アーカーが指を指した方向にいるのは、黒い何かだった。
あたしはふと思い出す。ドゥーナって言ったら、昨日、サディルが呆然とした私に似ていると言った生き物だ。
少しは可愛げがあるのかな。
そんな明るい、前向きな思考は、ドゥーナという生物を見た瞬間、脆くも崩れ去った。
足が、十本ある。
それだけでもうあたしの前向き思考は打ち砕かれた。
その節のある足には黒い刺が生えているようにも見えるが、実際には鋭く尖った毛だった。
目は、小さな粒が集まって構成されていて、黒いイクラの集合体としか言いようがない。
口らしい場所からは、白い糸が垂れている。粘着力がいかにもありそうで、触ったらきっとべたべたすると思う。
さっきの芋虫よりは小ぶりだが、3メートル近くはある巨体を震わせる、大蜘蛛。
さあ、皆さん。お手を拝借。
「いよー・・・・」
ぽん。
そんな太鼓を叩いたような幻聴。それを合図にして。
「ふっ・・・」
あたしは意識を闇に沈めた。


・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。
「おはようございます」
美形の、あたしの顔をのぞきこむようなアップ。白い美貌が、あたしのまん前にある。
頭には、やや固めの感触。微妙に柔らかいような。
この体勢は。あの、まさか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぎゃあああっ!?」
悲鳴。
なぜ、ンなものを出すかと言うなら、この男の危険性をあたしは熟知しているから。
「なななななっ、何をした!?」
「膝枕を」
「真顔で言うなー!!」
うわ、顔が真っ赤になっている。鏡はないけれど、それくらいわかる。
膝枕。
巨大芋虫と巨大蜘蛛を直視したあたしは、冗談抜きで気絶したらしい。疲労がたまってたのもあるんだろうけど、本当に人間って気絶できるんだ。
その後、おそらくあたしはアーカーに抱きかかえられ・・・車の中で介抱されて、膝枕を・・・。
「ぎゃーっ!」
あたしは頭を抱えて叫んだ。
情けない、みっともない、恥ずかしい!
「ぎゃーっ!!」
しかも、絶対に弱みを見せちゃいけない人種に見られた!
絶対、からかわれる!!
「・・・あのですね」
心底呆れたように、窓の外に向かって叫ぶあたしに声をかけたのは、もちろんアーカーである。
かわいそうなものを見るような、そんな目でわたしを見てくる。やめてくれ、本気でかわいそうな人間になりそうだから。
あたしは涙目になりながら、振り向いた。すっごく情けない気分だ。
「落ち着きましたか」
「・・・はい」
今気付いたが、車内は向き合う形で椅子が固定されている。ごとごとと揺れが伝わって、電車に似ているなと思った。感触は。
けれど、木造のニスの香りそうな高級感はどう表現すればいいものか。
車内は狭くも広くもない。強いて言うなら、あたしとアーカーの横にもう一人ずつ座れそう。つまり四人くらいが入れるような広さ。微妙な広さだ。
向き合って座っているあたしとアーカーの間に流れる雰囲気は、個人面談に似ている。この雰囲気は、遠慮もせずに言わせてもらうとあたしゃ大嫌いである。
何だ、この雰囲気。
何を話していいか迷っている生徒と、生徒の答えを待つだけしかできない教師。
面接の質問に、どう答えていいのか悩んでいる受講生、でも可。
そんなあたしは今年が二度目の受験。
・・・うわーい、おうちに帰りたくないなあと思えてきたよ。
あたしは現実逃避しつつ、押し黙ったままのアーカーを観察する。
この男の性格は、昨日に理解したつもりである。
まあ、わかりやす過ぎるんだけど。
まず、一つ。変態。
・・・いや、性格を変態って言うのもどうかと思うけど。まあ、シャイな日本人のあたしの口から、遠慮して言ってもこのアーカーと言う男を紹介するに当たって、変態は免れまい。
なんと言っても、あたしの太ももに二回も触りやがって。顔が美形だからって、何でも許されると思うなよ!!
ちょっと、いや、かなりあたしのツボな顔をしても、許されないんだからな!
「・・・そう、警戒しないでくださいよ」
呆れた口調。それは、まるで一児を持った父親のような優しい口調だった。
・・・そういえばコイツ、子持ちなんだよな。
「私はケダモノではありません。その辺の低級な人間と一緒にしないでください」
「て、低級って・・・」
「低級ではありませんか。金銭がないから、同族を襲い、服を剥ぎ取り、売り飛ばす。野蛮極まりないですね」
「う」
それには返す言葉もない。あたしの世界にだって強盗はいるのだ。殺人犯だって、いないわけじゃない。
ここは刃物が店先一歩踏み出したところで手に入るかもしんないファンタジー世界。小学生くらいの年頃の子供が刃物を持っていたら、そりゃあたしが怒鳴り散らすだろうが、いかにもクセのありそうな物騒な顔した中年親父が刃物を持っていたら納得しそう。
むしろこの世界、身を守る道具を一切持っていないというのはどうなのか。
・・・うむ、一般人なあたしは先行きがまったくもって不安極まりないね!
「そ、それって野盗のことだよね?」
野蛮と呼ばれ、人様のものを盗むような人間が野盗とか、盗賊とかだろう。アーカーはこっくりとうなずいた。
「まあ、そうともいいますか。数年前まで戦争中でしたが」
「ごへっ!?」
げはごほべほぐほっ
は、初耳だ! 何だその物騒すぎる話!
「ご存知ありませんでしたか?」
「始めて聞いたわ!!」
「では、軽くご説明をいたしましょう。どこからがいいですか?」
「一番古いのがいい」
そんなあたしの言葉に、アーカーは黒いシルクハットを脱ぎ、咳払いをした。あたしは授業を聞くようにうなずいて、耳を傾ける。
「我らは常に人間と争っていました。まあ、きっかけなどは神話の彼方。この都は、その名残と申しますか」
言って視線を窓に移す。つられてあたしも窓から見える景色を見る。
流れる景色。緑色の草原が広がり、まばらに木がある。一応は開拓されているらしく、たまに農作業をしている何かがいる。残念ながら、あたしの動体視力じゃ、その農作業をしているのは紫色した丸っこいのとか、人くらいの大きさをした空飛ぶ何か、という程度しかわからない。
・・・わからない方が幸せなのかも。何だよ、紫色の丸いのって。
「あちらに見えます魔王城を中心に、人によって追いやられた者達で建都されました」
「へー」
つまり、難民が集まって作られた国、と言うことらしい。
あたしの脳内でイスラエルとかパレスチナとかが思い浮かんだ。違うのは争う理由がないということ。
あそこは確か、今まで迫害されていたユダヤ人の居住地として、イギリスを代表としたヨーロッパ諸国が提供し、先住民であるアラブ人だかと戦争していたらしい。
ここではそんな先住民はいなかったのだろう。
戦争をして、その先に帰る場所がない魔物達は、きっとここを故郷にしなきゃ、生きていけなかった。そんな所かな。
窓から顔を出し――危険なので真似しないように――あたしは城を見た。昨日、あたしが宿泊したそこは、遠目から見てもかなり巨大な建造物だ。その高さは、あたしの通学路途中にあるテレビ局のビルと同じか、それ以上。
そういえば最近、デジタル放送を始めたらしい。文明の進化は偉大なりて。
「・・・そういえば、どれくらいの人口なの?」
「そうですね、計算したわけではありませんが、大体・・・百万ですか」
「百万・・・」
日本の人口は一億二千万。比較すると少ないが、良く考えていただきたい。
あー、えーと、うー。
うまい例え話が浮かばない。まあ、とりあえずあたしはお目にかかったことのない、途方もない数である。
まあ、大きな県の全人口(個差あり)だと思えばいいのかな。
ともかくいっぱいいっぱいなのです、ハイ。
「ちなみにメデューサの髪の毛部分の蛇などは除外します」
文明を持つ種族として、コミュニケーションを取れないのはカウントしないらしい。
「・・・アレ? ちょっと待って。ここ、国じゃないの?」
「魔王陛下と同じ事をおっしゃられるのですね」
アーカーはあたしの言葉にくすり、と馬鹿にしたのではなく、柔らかい微笑を浮かべる。思わずぽかんとなるあたし。
「・・・・・・・・・」
「どうしましたか?」
「い、いえ」
・・・ちょ、ちょっとそれは反則じゃありませんか、アーカーさん。意地悪されたの忘れて、どきどきしましたよ。
まさか、この男がこんな表情をするとは思っても見なかったのだ。
「簡単に言いますと、我らは国と言う概念は存在しません。身を寄せ合い、協力はしますが・・・支配する思想が存在しないのです」
妙に説得力がある。
国、と言うのは支配階級によって成り立つ。けど、あたしの故郷の日本国だって、総理大臣がいないんじゃ大惨事だ。
責任、とかそういう概念が薄いのかもしれない。そうじゃなきゃ、支配なんて発想は存在しないし。
「じゃあ、魔王って何なの?」
「まあ、一言で申しますと・・・」
すこし間があって。
「雑用係ですかねー」
「ざ、雑用っ!?」
魔王が!? 雑用っ?
「はい。まあ、重要書類をまとめまして、印を押し、無料奉仕活動を少々。他国と衝突なく、つつがない関係を築くため、外交もしていただいて、財政管理もきっちりと・・・」
「ちょ、待って」
明らかに魔王ではない仕事をツラツラとあげられ、あたしは頭を抱えた。
それ、雑用って言うより公務員じゃないか。
「魔王って、全ての魔族の頂点に立つべき存在じゃないの!?」
「・・・意図がつかめませんが、おそらく違います」
意図がつかめんのなら、否定しないで頂きたい。
「じゃあ、そんなお役所仕事は別に回しなさいよ!!」
「・・・それはともかく」
すい、と視線を外すアーカー。ちょっと待てい。
「目を逸らすなっ!!」
「魔族とは何ですか?」
「は?」
一瞬、ボケてんのかと思ったが、真顔で聞いてくるところを見ると、真剣らしい。
・・・調子狂うな・・・。
「魔族ってのは・・・人じゃない人・・・って言うのも変だけど、とにかく人外を指すのよ」
「蔑称ですか?」
それにはあたしは否定の意思を見せようと、首を横に振る。
もっとも、あんま自信はない。
「うーん・・・何て言うかな。人間は数多いけど、それこそひとくくりにされるじゃない? まあ国によって多少は違うけど」
「なるほど」
即行で納得するアーカー。
この原理は、多分あたしの世界なんかわかりやすい。
動物、とひとくくりにしても、たくさん種類がある。猫と鳥が同じだという人は、まずいないだろう。
もしくは、あたしがアメリカあたりに言ってどこの国出身に見えますか? とか聞いたとする。
十中八九、日本とか中国あたりだと思われるだろう。東洋辺りの出身ですね、とか言われる。
こういうのは、色々とデリケートなんで人種問題を引き起こす原因でもあるんだけど、この際それはシャットアウト。
つまり、種類(と言っていいものか)の多すぎる種族は、また分けられ、区別される。そのバラバラな固体名称では混乱するので、総称が必要とされる。
哺乳類、鳥類、爬虫類、魚類、エトセトラ。それら全てを動物と呼ぶ。総称とは、そういうものだ。
「んで、魔物・・・でいいのかな? それはたくさん種類があって、区別めんどくさいじゃない。だから、私の世界ではアンタらみたいなの、全部をひっくるめて魔族って呼ぶんだけど・・・」
まあ、少し違うのもあるけど、あたしとしてはそんな風に呼んだつもりだ。
なんとなーく魔物、と言う単語は知性のある彼らにとって蔑称のように思える。
別にあたしは蔑むつもりなんてない。あたしには彼らを憎む理由も、差別する理由もない。
ただ会話ができるから、話し合っている。それさえあれば、それでいいんだと思う。無論、逆に憎まれることもないのだ。
「まあ、蔑称かどうか微妙。普通、人間には何て呼ばれてるの?」
魔族、と言う単語は漫画や小説、はたまたアニメに良く出てくる単語だ。人間ではない知的生命体。ひとまず、魔族の定義なんてそんなもんだと思う。
「そうですね・・・人語が理解できるものは魔者、できないものは魔物と大体は総称され、あと一部には“王の眷属”と“魔の同胞”と呼ばれますが・・・」
おお、動物と人型のものは区別してるのか。
それはともかく。
「・・・何かカッコいいね、最後の二つ」
「まあ、これは我らを創造した神話時代からの影響で、よっぽど古い考えをお持ちの方からの呼び名なので。あ、由来についてお聞きします?」
それには首を横に振って辞退する。
興味はあったが、今のあたしの状況とは無関係っぽい。
まあ、機会があれば聞いてみたいような。そういった神話関係なものは好きだし。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・ってあったらそれはそれで困るんだ! あたしゃ魔王なんかじゃないし!! 関係ないし!
「ふむ・・・興味深い題材ですね。魔族、か・・・」
アーカーはあたしの言った単語について、考え込む。何か、余計な事を言ったかもしれない。
「それはそうと・・・これ、どこに向かってるの?」
「ああ、言ってませんでしたか。戦災院へ向かっています」
「・・・戦災院?」
聞きなれない単語だが、漢字に変換はできた。孤児院、と似た響きがある。
「はい、見えてきますよ」
そう言って、窓の外に視線を促す。
そこには。
「あれ・・・?」
「はい、あれです」
指をさした先には何の変哲もない、やや大きめの家屋が見えた。


「アーカー様だ!!」
「いらっしゃいー、お土産はー?」
駅(と私が認識した建物)に着いた途端、あたしは歓迎を受けた。
とにかく子供子供子供!! 肌が緑色の少年(?)から、とんがりお耳の美少女、中にはキューキューと鳴く可愛いイヌっぽい生き物。
その全てが子供、チャイルドのカテゴリに当てはまる。全部が全部、成人していないのだ。
・・・いやまあ、あたしに魔物さん達の成人年齢なんて知らないんだけどさ・・・明らかに人語を解せないのもいるしさ。
「ねー、アーカー様、そっちのにーちゃんは誰?」
に、にーちゃん・・・!?
いや、別にショックじゃない。うん、大した事ないさ。たかだか男扱い! オカマよりはマシだもんね!!
「おねーちゃんはチナミって言うのよー? そこの根性悪に脅迫される薄幸の少女よ」
それでも性別は訂正させていただくが。するとアーカーがとんでもないことをほざきやがった。
「薄いのは胸板でしょう」
何を言い出すのかこのオトコ!!
別に気にしちゃいないが(だって役に立つようなスキルないし)この男に言われると腹が立つ。
一般女性の胸の大きさなんぞ知ったこっちゃないが(ウチの学校では男女差別だとスリーサイズははからないのだ)こーゆー嫌がらせは心底ムカつく。
「せ、セクハラっ!!」
「意味がわからない単語ですが、くだらない雑言とはご理解しました」
・・・セクハラという単語の意味がわからないらしい。
いやまあ知ってたら嫌だよな、そりゃ。この世界にある言語とあたしの世界の言語の一致は難しいよね。
もし、スライムがセクハラなんて単語知ってたら、あたしゃ笑う。そして泣く。カルチャーショックで。
「性別を利用した嫌がらせのこと!」
「ですが事実ですので」
こ、このやろー・・・。
「アーカー様の恋人ぉー?」
舌ったらずな声で聞いてくるのは、アーカーを出迎えた子供軍団の中で一番小さな犬のような(としか形容できない)男の子だ。
「ち、ちがっ・・・!」
「お断りです。私にも選ぶ権利はある」
こ、この・・・!
「どーゆー意味よ!?」
「私は年下に興味はありません」
「熟女が好きだなぁ、アンタ! そんな不倫したいのかっ!?」
「そこはそれ、私の嗜好です。ほっといてください」
「やかましい!!」
実に教育に悪い男だ。何で子供に懐かれてるのか・・・。
「なかよしー」
「よしー」
「良くないから!!」
ぐるぐるとあたしの周りを回る犬少年と、緑色の肌の男の子(ちなみにお目めは一つしかない)
どーゆー目をしてるのか・・・。
「まあ、お土産はこの方ですよ」
「へ?」
「アーカー様! もしかして・・・」
エルフの少女の目がきらりと光る。エルフの少女ってのも新機軸だよなぁ・・・。
「魔王様ですよ。候補の方ですが」
すると、アーカーを出迎えていた子供と、道行く一般市民(と言っていいものか)が、一斉に歓声を上げた。
「まおうさまだ!!」
「すっげー!」
「きゅきゅー!?」
「おおお、魔王様!」
「とうとう魔王様が現れたぞ!」
「宴だー宴の用意じゃー!!」
「グルオオオオオオオッ!!」
・・・今、明らかに人外な声がしたよね。
「いや、期待されてますね。陛下」
イヤミをこめて、あたしを陛下と呼ぶこの男を簀巻きにしたい。
・・・あたし、ハメられた?
「陛下じゃない! 魔王でもない!」
「知りません。まあ、とにかく戦災院へ行きましょう」
「あ、うん」
真顔で話を変えて、アーカーは騒ぐ住民をいさめた。
内容は魔王陛下候補様が、戦災院をご見学したいとの事。宴会については、即位したらする予定なので、それまでおあずけとのこと。
そして、集まる期待する目線。
・・・・・・・・・・。いや・・・だから、あたしはね・・・。
「まおうさま、こっちだよー!」
「きゅー」
犬少年に引っ張られ、アーカーはすたすた先へ歩く。
「んもー・・・」
あたしって、こんな流されやすい性格だったか?
そんなことを思いつつ、あたしは腕を引っ張られ、戦災院とやらに向かった。


「ここが戦災院?」
「そうです。あ、靴は脱がなくて結構」
おっと、ついクセで。
靴を脱ぎかけるあたしに、アーカーは帽子を外して言った。日本をのぞいた外国は、家の中を土足で歩くんだよね。
「まあ、お入りください。ロティア、朝食をお願いできますか?」
そう言って出迎えてくれたのは、ちょっとお年を召した老婆だ。
・・・この人(?)も人間じゃないんだよなぁ・・・多分。
「はい、わかりました」
言っておばあさんは、奥へと戻った。
「・・・・・・・・・」
戦災院、とやらは特に変な場所ではなかった。
温かそうなカーぺットに、暖炉。そこはまだ火がついたままで、温かい。
中央には黒檀のようなつやのある大きなテーブルと、いくつものイス。
壁はやっぱりログハウスなので、丸太の壁だ。あたしの身長では絶対に届きそうにない所にまで、びっしりと子供が描いたらしい絵が壁に飾ってあった。
その絵の中には、たた墨に浸しただけの絵や、目が痛くなるような異次元世界を描いたような、謎の絵が存在した。
ちょっと、この絵を描いた誰かさんの未来が心配になり、あたしはアーカーにこの絵の作者について聞いてみた。
「・・・ねえ、アーカー。あの黒い絵は何?」
「あれは糸を紡ぐ妖精ケシャリイのロンペスタの描いた黒糸の綾織ですね」
「・・・・・・・・・・。じゃあ、こっちの謎の色彩で殴り描きされたのは?」
「それは山猫の精霊ミシッピゼゥのエドナの花の絵ですね。いやはや、あの年でこれほどのものが描けるのですから、将来が楽しみです」
「・・・・・・・・・」
質問を一気に理論的かつ、己の観点から答えたアーカーは、ふむふむと絵を見ることに没頭した。
良くわからんが、彼らのセンスとあたしのセンスは何か違うもので形成されているらしい。
それはともかく、ここは戦災院と言うか。
「孤児院?」
「近いですね」
当然のような態度で、イスに座って足を組むアーカー。無駄に偉そうな姿だが、異様に似合っている。
・・・ぶっちゃけ、あなたの方が断然と魔王らしいですよ、ええ。ンなこと言ったら殴られそうだけど。
「どうぞ」
「あ、どうも」
どうぞ、と言われたらどうもの一言と共に一礼を返すのがあたし達、日本人。勧められたので、あたしは素直にイスに座る。
すると、奥にいたらしい若い人があたしとアーカーにお茶を出す。女の人か、男の人かは自信がない。顔はフードで隠してるし、それに、ちらりと見えた服の合間から、うろこが見えたような・・・。
もう朝から巨大芋虫やら、巨大蜘蛛やらで、大分免疫がついた気がする。
アーカーはお茶をすすって、あたしもそれに続こうとして、三秒間ほど紅茶と思わしき液体を凝視し、やめた。
お茶の色は紫だった。
そしてあたしは、チキン――臆病者だった。
飲めません。ごめんなさい、怖いのです。勘弁してください。匂いが紅茶っぽいのが、余計に恐怖を煽る――っ!!
「戦災院とは」
アーカーがカップをテーブルに置く。かちゃんと、音が響く。静かに何かを話す彼には、妙な迫力がある。
「戦争で、家を、一族を、拠所を失った者達の住む施設です」
「はあ」
「ですから孤児も多いのです。・・・戦役で戦えなくなった兵士もいます」
ぞくり、とあたしの背に悪寒が走る。
戦えなくなった兵士。
その単語は、重苦しくて好きじゃない。
「アーカー様・・・魔王様、どうぞ・・・」
奥の方から、先ほどの年配の、ロティアと呼ばれたおばあさんが料理を運んできた。
緑色のレタスみたいな野菜をつかったサラダに、にんじんが入ったと思われるコンソメスープ。
パターの乗ったパンやら、西洋風の朝食が出てきた。
「あ、おいしそ。いただきまーす」
がぶり、とパンにかぶりつく。出来立てなのか、あったかかった。うまい。
朝はパン派なあたしにとって、この朝食はありがたい。朝はあんまり食べない方だけど、今の時刻は昼過ぎ。あたしの空腹具合は頂点にあった。
サラダをパンにはさんで食べ、スープをひとすすり。予想通りのコンソメスープの味がした。マイルドなお味がおいしゅうございます。
そんなこんなで、あたしは全てを平らげた。アーカーが少し苦笑しているところを見ると、行儀良い食べ方ではなかったようだ。
まあ、パンは普通、ちぎって食べるのが普通だし。あたしの場合はかぶりつき。さすがにスープは音を立てるような真似はしないけど。
食べ終わったら、先ほどの女の人が紅茶を入れなおしてくれた。アーカーにだけ。あたしは紫の温かい飲み物は飲めない。
その後で、湯気のたつ大きなパイが運ばれた。いいニオイがする。あまいバターと、果物のニオイ。
「どうぞ」
「ありがとうございます♪」
おいしそうなパイを目の前で切り運ばれ、あたしは満面の笑顔でお礼を言った。
・・・はて、何か顔が赤いんですけど、お嬢さん。
「んまーい・・・」
何の疑いもなしに、あたしはフォークでパイ生地と中の果物を口の中に入れた。
フォークでパイを切って、ちょっと生地が予想以上に重層だったので、ぐちゃぐちゃになったのが不満だけど、まあ気にしない。
イチゴ、かなぁ。甘く煮詰めて、ちょっと焦げたみたいな感じだ。じゅわ、と広がる果汁。出来立てほやほやなのね。
しばし、夢中でがっついた。
「ふー・・・余は満足ぢゃ♪」
いやあ、こんなおいしいご飯を食べたのは久しぶりだ。
「では、本題に入りましょうか」
「お、おー」
何だ。魔王としての試験でも言い渡されるのか、それともオーブを集めて不死鳥でも復活させるのか。
はたまたお嫁さん選ぶのに四苦八苦して、翌日に結論を出さねばならんのかっ!
「はい」
「へ?」
左手に手渡されたのは、鍬。
「どうぞ」
「ふえ?」
頭にかぶせられたのは、麦藁帽子。
「農作業、頑張ってください」
笑顔で言うアーカー。
・・・・・・・・・ちょっと待て。
「・・・・・・ふざけんなぁっ!!」
あたしは麦藁帽子を剥ぎ取って、怒鳴った。


「何が悲しくて農作業を・・・」
ぶちっ ぶちっ
「しかも雑草取りって・・・」
ぶちっ ぶちっ
「軍手はありがたいよ? でもさ、でもさ・・・」
ぶちっ ぶちっ ぶちっ
「・・・広すぎるんじゃあああああああボケエエエエェェエッ!!!!」
ぶちいいいいいいっ!!!
あたしは八つ当たりで、その辺の罪もない雑草を引きちぎる。
・・・あのですね。
あたし、魔王候補なんですよね?
世界征服をたくらみ、悪の限りを尽くし、勇者に世界の半分を譲ってくれようという邪悪な取引を持ちかける・・・。
なのに、何で異世界で・・・。
「草むしりしとんじゃあたしいいいいいいっ!!」
リアクションでかいなぁ、我ながら。
でもね、叫ばなきゃやってられないの。だって女の子だから。理由になってないって意見は聞こえない。
「惰眠をむさぼりたい・・・12時間以上寝たい・・・借りたゲームのベストエンドをいい加減見たい・・・」
ぶつぶつとあたしはやり残したことをつぶやく。借りたゲームまマルチエンド式の恋愛要素がちょっぴり入った周回プレイ推奨のRPGだ。まだ、二週目で伏線めいた章ねた
勉学なんて、口にしない。だって意味ないもの。
「・・・まおーさま」
「ふえ?」
顔を上げると、そこには見知らぬ男の子。
「キミは・・・?」
その子は当然ながら人間ではなかった。頭に角を生やしたのが特徴的な、一見は人の子供である。
ただ、その額から生えた角を何と言っていいものか。
エメラルド色の若草色に輝くそれは、目に痛いまでに美しい。
角に目をとられて、だいぶ後で気付いたが、よく見ると耳もとんがっている。
「まおうさま?」
ぺたぺた、となぜかその少年はあたしに近づく。
「ええ? な、何かなー?」
その子はぺたん、と地面にしりもちついてにこーと笑った。
「?」
あたしもつられて、笑う。即座に反応できるような器用な人間ではないが、それでも和む笑顔には答えたい。それが子供なら尚更だ。
「おてつだい、する」
「へ?」
「えいっ!」
ぶちっ
その子は素手で、雑草を引き千切った。そりゃもう軽々と。あたしの苦労? なぁにそれ、と無邪気に笑うかのように。いや、実際無邪気に笑ってるんだけど。
「あ、えと、ありがとね?」
何となく疑問形になり、やや強張った笑顔で言う。
「うんっ!!」
その子はこれまた可愛いとしか言いようのない笑顔で、ぶっちんぶっちんと雑草を引き千切る。根っこが残ってちゃ、意味がないんだけど・・・子供に言ってもわかんないか。
それからあたしは2人で草むしりをし続けた。
空には太陽が四つ。有り得ない光景。暑くないのが不思議だ。
「まおーさまは、どのたいようがすき?」
「え?」
「ぼくはね、れっふぇんがすきなんだ」
「れ、レッフェン?」
何だそれは。人の名前のようにも聞こえるが・・・。
「えーっと・・・太陽は全部好きだけど・・・?」
「うん、ぼくも! あったかくて、ぽかぽかして、やさしいもん」
何か会話が成立していないような気がする。まあ、小さい子との会話なんてこんなもんか。
「大変ですね、魔王様」
「うどわああっ!?」
だだだだ、誰だ!?
「失礼、驚かせてしまったようですな」
やってきたのは、まるで中世の洋館に出て来そうなフルヘルムの鎧武者だった。
上半身はフルプレートで、今にも戦争に行きそうな格好である。
何ていうか古い洋館にありそうな、夜になったら動きそうな古めかしい感じの鎧である。実際、真昼間に動いているんだが。
絶海の孤島とか大雪で孤立したお屋敷(築うん十年)な建物とまったく縁のないせいか、あたしに激しく違和感を抱かさせる。
「私の顔は少々と刺激が強いので、顔は隠させていただきます。・・・改めまして、ようこそ、新たなる魔王陛下。我々はあなたを歓迎しますよ」
言って、彼はまさに騎士のような仕草で、私に一礼をする。あんな挨拶は、きっとあたしの人生の中で始めてなんじゃないだろうかと思うほどの礼儀正しさだ。
・・・あ、何かやっとマトモな人に会えた気がする。
「ありがとう、あたし、魔王じゃないけど、その親切心だけは受け取っておくね」
しつこいようだが、あたしは魔王じゃない。それに騎士はおや、と反応をする。顔は見えないが、それくらいはわかるのだ。
「承知しました、魔王様」
「いや、だから・・・」
あたしも大概に頑固だが、ここの住人も相当だな。
あれか? サブリミナル効果を狙ってるのか? いつか迂闊に魔王さま呼ばわりされて返事したら、言質取ったーって担ぎ上げられるのか!?
「まおーさま、シグナルとなかよし?」
「え?」
あたしがきょとんと声を上げると、
「失礼、名乗り遅れました。私がシグナルです」
「あ、どうも。千波といいます」
「エディスはあなたを気に入ったようですね」
「エディス?」
これにはさすがにシグナルは苦笑(したのだと思われる)する。
「彼の名前ですよ、チナミ殿」
「えっちゃんってよんでね!」
何だかどっかで聞いたような響きのあだ名だ。
「ねえ、まおーさま、これからおでかけしよ!」
「へ?」
「白妙の森、きれいなの!」
エディスの言っていることは、支離滅裂だ。子供の言動がわけがわからんのは全世界共通らしい。
「いってらっしゃませ。草むしりばかりでお疲れでしょう。気分転換も必要です」
「・・・アーカーに殺されませんか」
「私が倒しておきます」
倒せるのか、あの全身真っ黒くろすけ。
「マジで? あの変態を?」
「へんた・・・いえ、冗談ですが」
シグナルは何か言いたそうだったが、先ほどの言葉を訂正した。笑えない冗談だ。
「・・・えーと、じゃあ行こうか、えっちゃん」
「おー!」
腕を突き上げ、あたしは気分転換をしに森へと向かった。


「・・・行きましたか」
一方その頃、チナミに全身真っ黒くろすけだの、変態だのと言われたアーカーは、戦災院で優雅に紅茶を飲んでいた。
その色は、目に痛いまでの藍色で、ティーカップの色は黄土色だった。チナミが見たら「お前の色彩感覚はおかしい」と真顔で言ったことだろう。
当の魔王候補のチナミは、エディスに連れられて白妙の森へと向かった。
白妙の森。
そこは一見すると、観光地にしたくなるような、神秘的な美しさに溢れた、静かな森だ。
だが、美しいものには毒がある。
白妙の森は美しいが、美しいだけではなく、危険と隣り合わせに位置する。
そして、この季節。
「・・・あれがいますね、シグナル」
「はい」
ぽつりとつぶやいた独り言は、背後にいる甲冑を着込んだシグナルの耳に入った。
先ほどまで、外にいたはずの彼だが、一体どうやって部屋の中に入ったのか、彫像のように佇んでいる。無論、扉を開けて入ったわけではない。その証拠に戦災院の扉には鍵が掛けられて、内側からしか開かない仕組みになっている。
しかし、アーカーは気にした様子もなく、独り言でも呟くかのように、言う。
「よろしい。白妙の森・・・、ちょうどいい所に向かっていただけたものです」
「・・・死にませんか?」
おそるおそる、と言った感じでシグナルは言う。歴戦の戦士である彼の口から出た言葉は、妙に重みがあった。
それだけ、白妙の森に含まれた毒とやらを熟知している証拠でもあった。
「死んだらその程度と言う事です。まあ、大丈夫でしょう。現魔王陛下と“同じ世界”の方ですから」
それは、一体どういう意味なのか。
その意味を理解しているのか、シグナルもうなずく。
「・・・ええ、そうですね」
「きっかけさえあれば、あとは地に落ちる木の葉のように運ぶでしょうね」
アーカーはもう一度、カップの中身を飲む。藍色の液体から、湯気が香る。
シグナルは何も言わない。黙って外を見るだけだ。
そして、この都に住む者なら、誰にでもわかる違和感を直視する。
見ているのは、枯れた草だ。チナミの引き抜いた、雑草の中に枯れ草が混じっている。

「・・・そう、まるで地に落ちる木の葉のように」

窓の外で、枯れ草が風に舞って、散った。





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