身分証明したところで、だからどうしたと言ってやりたい 「ぜぇっ、ぜぇっ!!」 あたしは必死に移動した。 それはもう必死に、ほふく前進で。 ただ、格好が格好なんで、あたしの必死加減はわかりにくいと思う。 しかし、足が使えないとこんなにも不便なのか。あたしはこんな所で五体満足の有り難味を知った。マトモな身体に生んでくれてありがとう、お母さま。 「やっと、出口・・・!!」 あたしの疲労はピークに達しそうだった。手はがくがく震え、今にも地面に倒れたらどんなに楽だろうか。しかし、大の男、それも美形を気絶させ、逃走したことがあたしに恐怖という原動力を与えた。 紫色の燐光に包まれた部屋の出入り口にむかって、あたしは直進する。 ああ、やっと・・・やっとお外に・・・!! あたしは涙ながらに使い物にならない足を、膝をささえにして、ドアノブに触れようとする。 その刹那。 がちゃっ 扉が、開いた。 無論、あたしはドアノブに触ってなんかない。 誰かが、入ってきた。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 奇妙な沈黙。 そして、何者かと目が合った。 あたしの目の前に立ち、扉を開けたのは茜色の髪の毛をした、綺麗な女の人だった。 白いエプロンと、黒のシンプルなロングスカートを着たメイドさんだ。今時話題の秋葉原にいても、違和感がない。むしろスカウトされそうな、可愛らしい人だった。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 微妙な沈黙が部屋の中を支配する。 かたや、スリッパもなく裸足のパジャマ少女であるあたし。かたや、メイド喫茶にいそうな可愛いメイドさん。ありえない状況での、ありえない邂逅であった。 何だ、この空気。一体何が起きているのか、あたしが聞きたい。そして、それは向こうも同じだろうけど。 「・・・・ハーイ、どーもー」 沈黙に耐え切れず、あたしは手を挙げてあいさつする。 「ど、どうも。お邪魔だったかしら?」 すごい困惑顔で、応答する。あたしも彼女も、どう反応していいかわからないようだ。 気まずい沈黙が流れる。 すると、彼女の背後から、見たくもない顔が見えた。 「・・・おやおや、魔王様ではございませんか」 それは、魔王城で出会った、アーカーがいた。 「ぎゃあああああああっ!? なぜに貴様がここにっ!!」 あたしは即座に手を使って、後退する。まるで般若に会ったかのような叫びだが、あたしとしては般若より、この男の方が何倍もタチが悪いと思っている。 「酷いですねぇ。私はあなたの身を案じていたのに・・・まあ、もう手遅れでしょうが」 「はい?」 何を言ってるんだろう。というか、何のことを言っているんだろう。 「清い身体から、さよならした気分はいかがですか?」 そう言うアーカーの顔は、実に楽しそうだ。人の不幸が楽しくて仕方がない、そんな顔をしている。 ・・・何だか良くわかんないけど、殺してやりてえ。 「・・・ばかっ」 と、思った矢先、メイドさんにぶん殴られるアーカー。何だか良くわかんないけど、ざまあみろ。 「陛下・・・おかわいそうに、すいません・・・」 一緒にいたミリダスも、同情の視線で目元をぬぐう。 な、何だって言うんだ。 「とにかく、魔王様・・・ここから離れましょう。ここは、魔王様のような美少年には危険です」 危険なのか。 まあ、そんなことは押し倒された時に、とっくにわかっていたけどさ。 確かに、ここはあたしのようなか弱い一般人には危険だ。危険だが・・・危険だが・・・あれ? ・・・・・・って、ちょっと待って。それ以上に、聞き捨てならない単語が、あたしの耳に聞こえた気がするんだけど! 「・・・あたしが、何だって?」 「魔王様です」 即答するミリダス。 「いや、そうじゃなくて」 それはわかってるけど、違うんです。 いや、決して認めたわけじゃない。認めてたまっか。 あたしは、頭をかきむしった。 「あの、何か無礼な事でも言いましたか?」 メイドさんが困惑した顔で言う。 「あ、そうじゃなくて」 むしろ、あたしが気になる単語は褒め言葉だ。 ――美少年。 「・・・あたし、美少年?」 あたしは地面にへたり込んた状態で、問いかける。 それに、アーカー、ミリダス、そして見知らぬ美女は、一斉にうなずいた。あんまりに強くうなずくから、あたしはふと自分の胸を見た。 ・・・そんなに平坦ではないのに。身体のラインくらいは、女だって自分でもわかる。 そんな私を見て、ミリダスはきょとんとしている。 「違うんですか?」 聞き返すミリダスさんに、あたしは声を張り上げる。 「あ、あたしは女だよ! 何でわかんないのっ!? 見りゃわかるじゃん!!」 ミリダスはじーとあたしを見て、目を逸らし、考え込みながら申し訳なさそうに言う。 「・・・・・・すいません、ちょっと・・・男の方にしかぁ、見えないんですけど・・・」 「うそおおっ!?」 心底申し訳なさそうに、目をそらしながら言うミリダスさんは、嘘は言っていない様子だった。 そんなあたしの容姿だが、髪の毛はどちからといえば、長い。肩にかかるほどの長さだ。何年か前に髪を切って、後ろから来る人に、ちょっとそこのお兄さん、と声をかけられたことはある。あるにはあるけど、納得できない。 別に男扱いされていた事に怒ったわけではない。 けど・・・そんなに女らしくなかったのかと思うと、なーんか情けない気分になる。 あたしって、こっちに来てから何したっけ? えーと、起きて、アーカーとミリダスの話聞いて、逃げて、ロックライミングして、話聞こうとして不法侵入して、謎の絶世の美男子に変なプレイされかけて、その脳天をかち割って・・・って女らしい一面が一個もないな、あたし。 「も、もしかして、女性の方でしたかっ!?」 ミリダスは焦る。あたしは、何だか力が抜ける。怒る気力もない。 「・・・うん、見えない?」 「全然、まったく、これっぽっちと見えませんね」 アーカーが腕組んできっぱりと告げる。 そんなハッキリ言われると、さすがに傷つく。これが異世界とのギャップと言うヤツか。 「ともかく、あなたには来てもらいますよ」 アーカーがあたしの手を取ろうとする。 ・・・・っ! 「いやっ!」 あたしは、反射的に手を振り払う。 「・・・わがままを仰らないでください」 呆れたような声。でも、あたしはそんなアーカーを拒絶する。 「い、嫌なものは嫌よ! あたしは、あんたなんかの思い通りになんか、絶対にならないんだからっ!!」 あたしはアーカーを思いっきり睨みつけ、怒鳴った。それに、アーカーはため息をつく。まるで、手のかかる子供を相手にしているみたいに。 「確かに、あなたには無礼な真似をしたのは認めましょう。謝ります。ごめんね」 可愛く謝られて、あたしは一瞬目を見開いて、ぽかんとなった。 まさかこんな素直に謝られるとは思わなかった。 だが、納得は出来ない。あたしは顔を引き締めて、反論した。 「うるさいっ!! あたしは、アンタみたいなアカデミックハセクシャルハラスメンットなんて変な名前のヤツ、信用しないわっ!!」 我ながらむちゃくちゃな文句だ。でも、この男に、アーカーに屈するなんて嫌だった。 初対面の人間を脅しつけるような口調が気に入らない。力さえ酷使すれば、何でも思い通りに思っている傲慢な思想。意地もあったし、そんな理不尽なヤツに従いたくはなかった。 「・・・アーカー、あなたが悪いわ」 「ちゃんと、謝りなさい」 メイドさんとミリダスから言われ、さすがにアーカーも一瞬だけばつの悪そうな顔をする。 「・・・申し訳ございません。おふざけが過ぎました」 「そのせいで、あたしの中でのアンタの信頼度はマイナスをぶっちぎってるわよ」 憎たらしい皮肉を言ってみるが、アーカーの顔は無表情だ。 「まあ、信頼度や好感度は一定の場合をのぞいて、大半は何もない状態からはじめますから。そこから地道に上げていくのも一興かと」 どこの恋愛シュミレーションゲームだ。 「・・・あたしを、魔王にするの?」 「・・・陛下」 メイドさんが、あたしの顔をのぞきこむ。 「あたしはオリヴィエと言います。まだ、その力を受け継げないとは言え、あなたは魔王陛下になる資格がございます」 「・・・・・・・・・・」 あたしは、ようやっと抜けた腰が元に戻り、立ち上がってオリヴィエさんを見る。 改めて、美人だと思う。 整った顔立ちは女性的な柔らかさを表象している。先ほどの猛烈な美貌を誇った男とは違った魅力がある。 彼女は口に薔薇でもくわえて、扇情的な動きで腰でもくねらせて踊る、情熱的なカルメンが似合いそうな人だ。 ・・・いや、人じゃないか。だが、情熱的で慈愛に溢れている人外さんだとはわかる。耳がとんがってるし。 「・・・そう言われても、私は人間だし・・・」 「違いますよ。あなたはここに来た時点で不正規な存在。あなたの世界では、あなたは人間かもしれません。でも、ここでは違います」 そう言った黒い髪の偉そうな男、アーカーは何でもないような顔をする。 その口調は、大分前に授業の内容をもう一度教えてくれと頼んだら嫌な顔したあたしの嫌いな数学教師の顔に似ていた。 言いたいことは、わからないでもなかった。あたしの常識と、ここの常識が違うこと、それが事実。 あたしは人間だと主張するけれど、周囲が認めなければ、それは成立しない。 ・・・それに思いっきり、“美少年”なんて言われたしね。 でも、あたしは、人間なんだ。 だが、ここにはそれを証明するものはない。 でも、それを否定する要素だってないはずだ。 「・・・・・・じゃあ、あたしが人間じゃないって証拠、あるの?」 「ありますよ」 アーカーは即答した。 あたしは、胡乱そうにアーカーを見上げる。この男、背が高いのだ。 「もう一度、我らが王城に来ていただけますか? 魔王陛下」 慇懃すぎるそれは、騎士と言うより貴公子という言葉が良く似合った。 しかし、あたしにはわかった。 それは、ただの社交辞令。アーカーは、最初からあたしのことなんて、何とも思っていないということを。 あたしは、飲み込まれそうな雰囲気の中で、この性格が悪い感じに捻くれた赤原――アーカーとハイラスメンツから命名――を睨んだ。 「オッケー、矢でも大砲でも、対衛星ミサイルでも何でも持ってきなさいっ!!」 そんなわけで、あたしは悪の巣窟に招かれる。はずだった。 「ああっ!? いてくれたんだね!!」 来客だった。少なくともこの店に用がある客の。 そのお声は、今すぐにでもあたしを光の速さで逃げたい気分にさせた。 「・・・ん? アーカーもいるんだ。ちょうどいい所に来たね」 水色の、透き通るような色をした、艶やかでサラサラの髪の毛。 薄紫色の、宝玉を散りばめて作ったような双眸。 白い、大理石よりも滑らかな肌。 全てが黄金率に乗っ取って整えられた、神秘のマスク。 直視した瞬間に、あたしが別の意味で石になりそうな、ものすっごい美男子だ。 ・・・そう、あたしをベッドに押し倒し、行為に及ぼうとした彼である。 あたしは、何となくミリダスの背後に隠れようとする。それは条件反射だった。 いやだって、さすがに・・・ねえ? 「キミっ! どこへ行くんだい? これから、挨拶するんだよ」 「はい?」 しかし、あたしの姿をすでに黙認したらしく、腕をつかまれる。 挨拶? 誰に挨拶をするとな? 「ああ、名前を言ってなかったね。知ってると思うけど、僕はサディル・ストール・セナクス・ハイラスメンツ」 人の話を聞きそうにないタイプなのか、この絶世の美青年はハキハキと己の世界に没頭する。柔らかな微笑で言われると、こっちも言葉もない。 ・・・・・・あれ? 確か、セナクス・ハイラスメンツと言ったら、赤原と同じ名前、いや苗字じゃないのか? 「アーカー、キミは僕にいつも言っていたよね。少しは落ち着いて、男遊びは控えろって」 最初の部分は放蕩息子をいさめているようだが、後半部分が何かがおかしい。 そりゃ、男にも女に不自由を永遠にしなさそうな顔つきではあるけど。 男遊び・・・いや、今は想像するのはやめておこう。何かこの美青年の場合、リアルにモテそうで怖い。 「そして、その後、腹上死してもいいけど、その後の事なんて一切関わらないし、死んだ後で思う存分に馬鹿にしてやりますからねって言ったよな」 随分と酷い言い草だな、アーカーよ。鬼か、お前。 「あんた・・・」 「どうかしましたか、魔王候補殿?」 呆れたあたしに対し、いけしゃあしゃあと言いほざく赤原。 コイツの神経は、きっとうどんよりも太いに違いない。そんでもってアナコンダよりも長いんだ、きっと。 「今日から僕は、ここに来ないと誓おう。それこそ、真名に誓って」 それにアーカーは眉を細めた。 「おやおや、真名に誓うほどの事ですか。一体何があったんですか?」 呆れたような、苦笑したような顔だ。良くわからないが、真名とやらは大層な意味合いを持つ単語らしい。 サディルはにこやかに言い放つ。大輪の薔薇のような笑みは、先程とんでもない事をされたと言うのに、見惚れてしまう。 「ああ、僕は結婚するっ!!」 「はあ、そうなんですか・・・」 アーカーは冷淡に返す。あたしも同じ気持ちだ。どうにでもなれ。多分、いやきっと同じ事を思っているに違いない。 「ああ、運命だ・・・彼と寝所を共にし、いつものように交わろうとしたんだ・・・」 サディルの目は、何だかイッちゃってる。電波な人なのか、それとも変な人なのか。それでもうっとりする姿は、美の女神ですらかき消されそうである。 どうやら彼は、誰かさんに思いを寄せて、それをアーカーに報告しているらしい。どんな関係かは知らないが、意外にマメな人(人じゃないんだろうけど)だ。 奇跡の美貌を持つ男、サディルは止まらない。 「そして、文字通り伝説となった、あの貫徹するような痛みが僕を襲った! こんなの・・・始めてだ。誰かを愛すると、痺れるような痛みが駆け抜けるって本当だったんだね!」 それは多分、あたしがあなた様の頭をタライで打ち倒してしまったのが原因では。 いや、本人がそう思いたいのなら、そう思ってくれればいいんだけどさ。 うん、それでいいんだけどね・・・。下手に何か言ってつっこまれたくないし。 「今まで、こんな事は一度もなかったんだ。それだけじゃない。彼は僕を拒絶した・・・それも始めてなんだ」 ポッ、と顔を赤らめる姿は、どこの恋する乙女ですかと問いただしたくなる。あたし以上に乙女らしいのが、悲しい限りである。 そして、誰かに恋する青年は、キラキラした目でアーカーを見仰ぎ、宣言する。 誰だか知らないけど、罪な女(男?)もいたもんだ・・・。きっと苦労する運命の星の元に生まれたんだろーな。 「僕は、こちらの黒髪の御曹司殿と結婚する」 ぐい、と腕を引っ張られた。 あたしは、あたしの意思とは無関係に変な趣味を持った、稀代の美貌を誇るであろうサディルとやらの胸に引き寄せられる。 全員が、その行動に凍りつく。それこそ、空間を凍結させるような威力を撒き散らして。 結婚。黒髪の御曹司。腕を引っ張られた、あたし。 「・・・愛しているんだ」 そうやって、あたしの耳元でささやいてくる声に、あたしは気絶しそうになる。 どうしようもない、驚愕と、悪寒と、鳥肌と。 結婚したい相手って、もしかしなくても、それってあたしの事ですか!? 「・・・サディル、頭は大丈夫ですか?」 早々にステータス異常、精神凍結状態から復活したのはアーカーだった。さすが赤原。ツッコミがどこまでも厳しく、とんでもなく無礼である。 「本気だよ、僕は。こんな冗談、父さんに言うはずがないだろ」 「は? 倒産?」 会社でも立ち上げたんだろうか。そして、潰れたのか。その意味は絶対に違うんだろうけど、その意味を理解するのに時間がかかる。 「サディル、確かにあなたの望みはわかりました。認めましょう。でも許可は出来ません」 「ちょ、ちょっと待ってよ」 あたしは何とも脳内拒否する単語の謎を解き明かすため、アーカーに詰め寄った。 「何ですか、候補殿?」 「・・・誰が、アンタの息子ですって?」 候補殿、と言った口はどうにもこうにも、冷淡だった。 ・・・そんなことを気にする状況じゃあないのだけど。 ともかく倒産、じゃなくて父さん、とサディルは言った。 その単語の意味は五歳児だって知っている。 あたしは、何となしに二人を見比べた。 アーカーの髪は、墨でも溶かしたかのような漆黒で、サディルの髪は薄い空の色だ。 瞳の色は、父上殿は炎のような橙色で、息子殿は北海道に群生しているラベンダーの色をしている。 さらに雰囲気は相対的としか言いようがない。アーカーは闇夜が浮き上がったような美形だが、それに対するサディルは、光とか宝石なんかの美麗な品をかき集めたような壮絶な容貌を誇る、それはそれは目に痛いまでの美形だ。 肌は二人とも、陶器のようにツルツルで、それこそ純白と言っていいほどの肌が共通事項。ちなみにアーカーはやや青白く、悪く言えばなまっ白い。 昼と夜と、それらを二分するような美麗人である。並ぶと絵にはなる。 喋らない、動かないの条件付きだけれど。 互いに美人だ。それは認めよう。だがしかし。 「・・・親子?」 「ああ、そうだよ」 「まあ、一応は」 「・・・・・・・・・」 あたしは、もう一度二人を見比べた。 目がちかちかしそうだが、そこは我慢する。 暗闇を支配しそうで、何を考えているのか読めないアーカー。 この世の燦然たる輝きと言う単語そのものを具現したような、サディル。 親子。 共通点となる血のつながりらしきもの、ナシ。少なくとも、微妙な性格が酷似しているのかどうかは、まあ否定しようのない事実ではあるが、外見の似具合が。 ――結論、まったく似てない。 「連れ子?」 再婚した相手の子供ですかと聞いてみた。 「いえ、未婚です」 未婚。それは結婚をしたことがない。 と、言うことは。 「・・・・・・不倫して出来た子かよ!!」 それが結論として出たあたしも相当だ(何が) 「それもそれで、とても魅力的なんですけど」 さいてーか、この男! 不謹慎な!! ・・・いや他人のこと、あたしも言えないけど!! 「養子だよ」 さらりと、何でもないように髪を弄りながらサディルは言った。 養子、と言うことは血のつながりはないということだ。 外見は、共通点がない。全然似ていないといってもいい。でも。 「・・・あー・・・けど、性格は、似てるよね」 確かに外見は全然似ていないが、細かいところは似ているのかもと思う。 そう、性格の悪さとか。美形の度合いとか。起きて早々のあたしにセクハラをしたアーカーに、あたしを押し倒そうとしたサディル。 ・・・・・・うん、嫌なところだけ似ている。悲しいくらいに。 「失敬な。私は身動きできないようにした相手を、ただ押し倒すなんて無粋な真似しませんよ。もっと相手が嫌がることをします」 「失礼な。僕は気に入った相手をひたすらからかって、いじめるなんて野暮なことはしないよ。もっと相手を痛めつけてやるから」 細部は違ったが、言いたい事と、互いの趣向が微かに見え隠れしている。しかも、その趣向はロクでもないとしか言いようがない。変な意味で似ている親子だ。出来れば似て欲しくなかった。 サディルはサドだな。サディストセクシャルハラスメントだ。加虐性的嫌がらせだ。確かに、思い当たるフシはある。さっき、あたしも勘違いされて、押し倒されたし。 ちょっと、その事を思い出して顔が赤くなる。あの顔が、あたしの耳元で・・・。 「? 陛下、顔が赤いわよ?」 「な、何でもないデス」 あたしはサディルの腕からこっそり抜け出し、オリヴィエがあたしの顔をのぞきこんでくる。 「それはそうと、何か用があったの?」 くす、と笑いながら髪を弄ぶサディルは本当にキレイだ。黙っていれば、一般人は簡単に騙されるだろう。結婚詐欺師で生計が立てられる。 「いえ、用事は済みました。候補殿をご案内しましょうか」 「は? 候補殿?」 今度はサディルが驚く番だった。 もっとも、その事実に一番驚いたのは、他の誰でもなく、あたし自身だけど。 「そ、魔王の」 オリヴィエがうなずく。 「じゃあ、彼が・・・」 「いやいやいや、あたし、女だから」 ぽっ、と頬を染める乙女チックなサディルの考えをあたしは即否定する。それにサディルは妙に嬉しそうに食いついた。 「女の子っ!? 女装趣味なの! いいなぁ、それっ」 「違うわあああっ!! しょーしんしょーめい、遺伝子科学的、生物学上、れっきと、はっきりと普通に正式に女ですから!!」 なぜか喜ぶサディルに、あたしは全力で否定した。だが、それはサディルを喜ばせた事に過ぎない。 「・・・へえ、じゃあ、余計にいい事じゃない。子供が残せるね」 「こ、こおー!?」 子供って、アンタ!? あたしは酸素不足の魚みたく、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりした。つまりそれはアレですか、あのその。 「ねえ、すごく優しくするよ。天国に連れいってあげる」 「はいっ!?」 遠慮を知らないらしいサディルは、にっこりと満面の笑顔であたしの手を取る。 それに割って入ってきたのは、意外な人物(?)だった。 「きゃあっ、魔王様ったらー、いつのまにこの変態羽毛布団をたらしこんだんですかー? オリヴィエ、涙出そうです。・・・同情で」 きゃぴきゃぴと、しかしどこか腹黒く言ってきたのはオリヴィエだ。ぶりっ子な口調が、何だか怖い。 「何だ、変態の名を欲しいままにしているオリヴィエか。いたんだ。存在感が薄くて、気付かなかったよ」 サディルの辛辣なそれに、ぴき、とオリヴィエの額から青筋が生える。 「あ・・・あのー・・・?」 どうしたの、と声をかけてみる。だがしかし。 「あんたねぇ、正気なの? こちらのお方は恐れ多くも、魔王陛下なのよ? あんた、頭、大丈夫?」 「いや、あたしは候補らしくて、別になるとは・・・」 「君こそ、その気持ち悪い口調どうかしたらどうなのさ。それとも、もう直らないのかな? かわいそうに」 不穏な空気の中、あたしは口を挟むが聞いちゃいねえ。 「・・・ねえ、この二人、仲が悪いの?」 こそこそと、あたしはこの場での唯一の常識を持ち合わせたミリダスに聞いた。 「まあ、幼馴染で。どうも、そりが合わないらしいんだ・・・」 苦笑するミリダスは、そう答えた。 幼馴染。この二人が。 「へー・・・」 確かに年は近い。二人並べば、遜色のない美男美女だ。 「あー・・・、でもお似合いかも」 ちょっと想像してみる。 二人は幼馴染。ちょっと微妙な関係な、お年頃。多分、あたしとそんなに年は離れちゃいない。 ついでに、双方とも顔は整いすぎているくらい整っている。 きっとケンカしつつ、それでもすぐ仲直りして、一緒にお茶を飲み会う仲なのだろう。 そして、休日には、たまに一緒にウィンドショッピング。あたしと同い年だったら、学校のある次の日には一緒に登校する。それが毎日。 ツンデレカップル、いいかもしんない。 「・・・魔王さまぁ? 何か言いました?」 オリヴィエは絶対零度の笑み。 「やあ、大胆だね。初夜から、そんなに手酷く、痛くして欲しいだなんて。手加減、しないよ?」 サディルは凍りつくような微笑。 「すんませんでした」 殺意のこもった目で睨まれました。 彼らはあたしの知っている幼馴染とは、別の何かを創造しているそうです。目で殺されそうです。美形の睨みつけは怖いです。 「サディル、聞いての通り、彼女は魔王候補です。あなたとの結婚は認められませんよ」 「何でだよっ!?」 「貴重な人材を、あなたの趣味で潰すわけにはいきませんから。忘れたんですか?」 それに、ぐっとサディルは押し黙る。 「・・・いいじゃん、婚約くらいは」 「それは認めましょう」 「認めるんかい!!」 あたしの承諾を聞かず、さらりとアーカーは言った。 いや、どこの世界の政略結婚だ!! 「じゃあ、決定だね!!」 「待て待て待てっ!」 あたしは叫ぶ。あたしの意思は完全無視なそれを黙ってみているわけにはいかなかった。 「あたしは、初対面の人と結婚する気なんてないわよっ!?」 「大丈夫、愛は育むものだから」 「いやあああっ!? ちょ、腰持たないでーっ、倒れる倒れるっ! 顔近っ!」 あたしの腰に手をやり、ダンスでもするかのように抱きとめられる。ぐぐぐぐ、とサディルは綺麗な顔を遠慮もクソもなく近づけてくる。 あたしはブリッジするのをこらえ、さらに近づいてくる顔に腕でガードし、その顔を直視しないようにする。 直視したら、何て言うか鼻血が出そうだし。何より見惚れて、その隙に何かされてしまいそうだから。 「はい、サディル、そのまま我らが城へと案内してやってください。行くのは精霊の泉ですよ」 「え、いいの?」 サディルに犬の尻尾がついていたら、そして耳がついていたら、それはきっと嬉しそうに立っていたことだろう。 ぶっちゃけ、餌を前にした飼い犬みたいな顔をしている。ちょっと可愛いと思ってしまった自分が憎い。 「じゃあ、行こうかっ」 うきうきと、サディルはあたしを軽々と抱きとめた。 あたしの身体は宙を浮く。 この状態は、もしかしなくとも。 「えええええっ!? いや、ちょっと待て!!」 そう、女の子の憧れ、いわゆるお姫様抱っこ。英語ではプリンセスホールド。 頭が真っ白になった。 今、あたしはどんな状況にあるか、白紙な頭で整理する。 あたしは、今、超絶美形青年に、お姫様抱っこされている。うん、完璧。でも納得していいはずがない。 「大人しくしてね。死にたくないだろ」 その脅迫は、今のあたしの耳には入らなかった。 なぜなら、サディルの背中に生えてきたものに、視線全部を奪われてしまったから。 その背には当たり前のように、翼が広がる。 まさに、輝かんばかりの、美し過ぎる翼が。 「うそっ・・・!?」 それは極彩色の羽だった。いや、孔雀みたいな壮麗な羽ではなくて、目に痛いまでの花々が羽の付け根に群生している。 虹色の翼があれば、これがそうなのではないだろうか。咲き乱れる花は、南国を思わせる赤や黄色、橙色などの暖色が集まっている。 そこから優美に流れるのは、薄いパステルグリーンから濃い青に染まった羽達だ。 いい匂いがする。 それは、金木犀のように香ってきた。思わず、ぼおとしてしまう。 天使だ。いや、そんな言葉じゃ表せない。御伽噺に出てくる天使よりも、もっと綺麗な何かが、あたしを抱きかかえていた。 「て、天使・・・っ!?」 「違うよ。僕はセイレーン、知らない?」 その名は知ってる。 美しい歌声で、船乗りを魅了する海の魔女だ。 もっとも、目の前にいるこの男は、絶世の美男子、つまりは男なのだが。 「振り落とされないように、気をつけてね」 「う、うん」 抵抗したとしても、その時点であたしに実害はなかったかもしれない。 ふわり、とサディルの身体が宙を浮く。その高さ、優に3メートルはあっただろう。 けれど、そんなことはどうでもいいと感じてしまう。目の前にいる、決して日常ではお目にかかれない、稀代の美しさを誇るセイレーンを前にしては全てが霞んで見える。 紅に染まった夕焼けの空を美しいと、日向ぼっこをする子猫を愛らしいと思う、素直な感情で満たされる。 そう、今思えば、あたしはサディルの顔と翼に魅了されていたのかもしれない。 「着いたよ」 「・・・・・・・・・」 連れてこられたのは、あの魔王城だ。 しかも、その天辺付近に連れてこられた。 「どうしたの」 「へっ!?」 あたしは声をかけられて、顔をちょっと赤くする。しつこいようだが、サディルは美形だ。ただの美形なんてものでは形容できない、クレオパトラが目にハートを浮かべて求婚しそうな美形なのだ。 そんなヤツにお姫様抱っこされたあたしの心臓は、工事現場のドリルのような動悸を発する。 死ぬ、心臓発作で死んでしまう。 「やあ、可愛いなぁ。その死にかけのドゥーナみたいな顔」 「下ろせ、鳥野郎」 乙女チックに浸る暇もありゃしない。アーカーとは違って悪意がないからタチ悪い。好きな人の表情を、死にかけた生き物で表現しないで欲しい。 本当にあたしの事を好きなんだろうか。って言うかドゥーナって何? それはともかく、あたしは辺りを見回す。ただの条件反射の状況確認だ。 「高っ・・・」 もう、時間は夜。真っ暗だ。月はない。雲が流れるように、紺色の綿になって空を流れる。地平線まで見える大地には、ぽつぽつと明かりがある。 さすがにこの時間帯、空を飛ぶのはサディルくらいらしい。 それはそうと、ここ、地面からかなり離れているので、結構風が強くて、寒い。 「ううっ・・・寒っ・・・」 「大丈夫? 暖をあげようか?」 「いいの?」 結構、優しい性格? 「いいよ。さあ、僕の胸の中へお入り。今なら羽をつけたままで」 「さて、あたしは一体何をすればいいのやらっ」 危険な発言をする猥褻極楽鳥は無視してやって、あたしは周囲を見回す。視界の隅っこで何かが悶えたような気がしたが、それはきっと気のせいだ。 あるのは、小さな扉。 「・・・入っていいのかな」 本来ならば、城の関係者であるサディルに聞くべきなんだろうけれど、あえて聞かない。なぜかと言えば、何かムカツくからだ。 「・・・不法侵入は犯罪ですよ」 「―――っ!!?」 つつ、と太ももあたりに奇妙な、こしょばゆい感触。例えるなら、指で撫でられたような。 そして、耳に息を吹きかけられる。鳥肌が全開だ。 この声、聞き覚えがある。 殴ろう。あたしは即決で判断した。 「死ねええええっ!?」 振り向きついでのカウンターパンチ(裏拳)を食らえ! ひょいっ 軽々と、避けられた。 「ああああああああっ!! もうこの変態野朗めえええええええっ」 「ま、まあまあ落ち着いて」 どこからやってきたのか、ミリダスがいさめる。ふと、周囲を見回すと、オリヴィエも一緒にいた。 「気持ちはわかるけど、やめておいた方がいいわよ。魔王様。あいつは年だけは無駄に積み重ねた、嫌がらせに全てを捧げた男だから」 「オリヴィエ、君とは良い友達に、いやむしろ親友、いや心の友になれそうだね!!」 あたしはちょっぴり毒舌美人メイドさんの白くて柔らかい手を取った。 「きゃっ、魔王様ったら・・・オリヴィエ、嬉しい!」 顔をぽっ、と赤らめる彼女は女のあたし以上に愛らしく、女性らしい。確かに彼女に比べたら、あたしは男らしいかもしれない。 オリヴィエに見惚れるあたしに、サディルは端正な顔をゆがめて忠告する。 「やめなよ、そんな似合わないメイド服を着ている男なんて」 「どういう意味かしら、サディル」 「そのままの意味だけどね」 どうやらこの二人の関係はハブとマングース、犬猿の関係らしい。 「・・・ってお待ち」 「うん、待ってあげるから、縄で縛り上げてもいいかな」 「そんな貴様は地獄に落ちてしまえ。・・・・えーと」 危険な願望を口にするサディルを、あたしはあっさりと受け流す。 ・・・えーと、前にも似たようなことをしたような気がする。 認めたくない。そんな事実を確認するような、空気があたしを包む。 「・・・メイド服、だよね?」 「そうですわねぇ」 ひらひらしたデザインの服は、ちょっとシックで、古き良き中世のヴィクトリア王朝を思い起こさせる。 オリヴィエはうなずく。うん、あたし間違ってない。 「・・・女性用、だよねぇ?」 「そうですわねぇ」 やっぱり間違ってないらしい。 先ほどの単語があたしの耳の、聞き間違いであってほしい。 「・・・メイド服の、似合う、男の人ですか?」 オリヴィエが聞き間違えないように、一言一言をはっきりと告げる。 「ええ、そうですけど」 あっさりと認めるオリヴィエ。 男。オリヴィエと名乗った美少女が。 目の前にいる、花のような美しい女性は、メイド服をまとった男。 ・・・・・・・・・・・。 ・・・ええーと。 これってさぁ・・・。 「・・・・・・・詐欺だあああああっ!!」 あたしの叫びが、人外の長が住む城に響き渡った。 「落ち着きましたか?」 「もうどうでも良くなってきた・・・」 思う存分と叫んで、あたしはがっくりと膝をつく。 自分が美少年、と言われた事も驚いたが、オリヴィエと名乗った美少女メイドが男だったので疲労は三割り増しだ。 間違ってる・・・絶対に世の中色々と間違ってるよ。 「それは結構。どうでも良くなったところで、魔王に就任していただきましょうか」 「それは嫌だ」 そう言うと、アーカーは小さく舌打ちした。どうやらちょっとだけ期待していたらしい。 「・・・それはそうとさ、ここって男しかいないの?」 魔王の話から離れたくて、あたしは唐突に言った。ずっと感じていた違和感を思い出したせいもあった。 知っての通り、あたしは街の方へ下りて、街路を歩いた。そこでは、色々な奇怪なる生物が跋扈していた。性別のわからないスライムから、明らかに人間に似通った生き物まで。 あたしのずっと感じていた違和感の正体は、明らかに女性と思わしき生き物がいなかったからだ。 「いませんね」 あっさりとアーカーは答えた。腕を組み流暢に人口比について説明する。 「オリヴィエの例もありまして、何の因果か、この都の男女比率は七対三なのですよ。女性の方が圧倒的に少ないんです。もちろん、心が女性の方も大勢いますけどね」 環境ホルモンでも流出しているのだろうか。それともヤバイ毒でも放出されているのか。 「・・・チナミさん、こちらにどうぞ」 それはともかくとして、この中で一番まともであろうミリダスが、この屋上にある唯一の扉を開け、その中に入って手招きする。 暗くてイマイチわからなかったが、ここは学校の屋上に似ている。ただし、面積は学校より圧倒的に狭いし、給水塔はなく小さな小部屋がある。一瞬、そこに階段があるのかと思ったが違うらしい。 「何、ここ?」 「精霊の泉です。・・・よいしょっ・・・」 ミリダスは水桶でその水をくみ上げた。 泉、と言うが確かに泉ではあるが、ちょっと違う。それはあたしの価値観から言わせれば、井戸のような造りに見えた。 少し覗き込むと、水面が見える。なみなみと揺らいだ水底は見えない。かなり、深い。その代わり、面積は狭いが。 「はい、どうぞ。手を出して・・・」 「あ、どうも」 手を洗ってくれと言うことらしく、あたしは素直に手を差し出した。危険があるとは思えないし。 「うわっ!?」 ざあ、と流された水は一気にあたしの皮膚に触ると変色した。 その色は、それはもう見事な濃紫だ。 アンモニアを水に溶かしたような赤紫でもなく、朝顔の色である紫でもない。 強いて例えるのなら、その色は先ほど見た黄昏の空に似ている。 「わっ、わっ、わぁっ!?」 何が起きている!? 水は、流れてあたしの手を伝って、落ちていく。 濃い紫の水。毒薬のような色だけど、不思議と嫌いな色ではないと思った。 そして、紫色の水溜りに集まる一同。 「ちょ、何よ、これっ!?」 ぽたぽたと、濃紫に染まった液体。あたしは濡れた手をキョンシーのように突き出し、おたおたした。 「精霊の水です、属性を調べさせていただきました」 「属性・・・?」 そう言われると、頭に浮かぶのは地水火風の西洋の四大元素、それから木火土金水の東洋の五大元素だ。RPGのお約束といってもいい。 「・・・なるほど、あの時の電撃は無意識に出た防衛術でしたか。さすが候補殿です」 「いやいや、それってただの静電気だから。あたしは帯電体質なだけだから」 勝手に納得する赤原にツッコミを入れる。アーカーを振り払った時にできたそれは、防衛術なんて高尚なものなんかじゃない。 誰にだって経験のある静電気、特に冬場は酷い。 あたしの場合、それが恐ろしく顕著で、毛糸の手袋なんて使えないし、車の扉に触ろうとしたら痛い目を見る。酷い時なんか、火傷を負った覚えがある。 おかげで携帯電話なんていう文明の利器は一切頼れない。まあ、ゲームのコントローラーに触るのは全然平気なんだが。 「代々の魔王陛下は強固なる一種しかない加護を受けていますからね。その“たいでんたいしつ”とやらは、その加護の影響なのでしょう」 「はい?」 早口で言われたので、意味がわからない。強固なる・・・何だって? アーカーは何か言いたいのを我慢して、あたしに問いかけた。 「・・・加護はご存知ですか?」 「・・・守り、助ける力?」 あたしの一般的常識に、アーカーは首を横に振る。 語尾にハテナマークが付いたのは、あたしの自信のなさが読み取れているだろう。 単語の意味としては、合っているはず。多分。 「属性が与えられる事を一般的にさします。属性については?」 「・・・その人の、力を象徴するもの?」 少なくとも、あたしの知っている属性とは、そういうものだ。ただ、説明しにくい代物である。 「まあ、それは概ね間違いはありません。特に、人間は平均的な属性を全て持っていますが、我々はそうはいきません。酷い偏りが生まれるのです」 「えーと、ちょっと待って」 属性、っていうとやっぱりアレだろうか。 炎か、氷とか、何か司る象徴と言うか。RPGで良くある、その人の特徴みたいな。 「ちなみに、私の最も強い属性は火です」 「え」 火が属性、と答えたのはアーカーだった。意外だ。もっと闇とかが似合いそうな面構えなのに。 だが、彼らの言う属性とあたしの知っている属性と言う概念は、ほぼ同じと言ってもおかしくはないのだろう。 ゲームに良く出てくる、その人の戦闘能力の象徴。 大体、火が好戦的な熱血漢なイメージがあるので、やや意外ではある。 「僕も火が強いですね」 にこやかな笑みを浮かべて言うのは、もちろんミリダスだ。まあ火トカゲだしね。自称だけど、何となく彼の場合は違和感がない。 ミリダスの場合の火とは、暖炉のような温かな炎というものがピッタリだと感じた。 「サディルは水、オリヴィエは闇。一属性に特化しているのが、我々にとって強みとお考えください」 「はー」 中途半端に平均的なステータスというものはは、バランスが取れていて悪くはないけど、長所もないもんね。まあ、弱点もないんだけど。 「ですが、魔王は違います。限りなく、純然たる絶対の加護を得た、王として君臨する超越者」 ごくり、とあたしの喉がなる。さすが魔王、王なのは伊達じゃない。 「あなたは、雷の、それも完全に純粋で強靭な加護を得ています。それが、あなたの候補としての資格です」 「・・・つまり、あたしは完璧な属性の加護があるから、魔王になれる、と?」 不純物が一切ないから、魔王になれる。そういうことなのか? そんな簡単な理由なのか? 「その通りです。ここまで完璧な加護を受けた方など・・・」 アーカーが真面目な顔をして、あたしの目を見る。あたしはたじろきながらも、反論した。 「で、でもあたしは、ただの静電気体質で・・・」 「現魔王陛下もそうでした」 あたしの小言を無視しているのか、アーカーは続ける。 「自分に力などない、と申されておりましたが。・・・不肖ながら、私、これまで陛下に並ぶほどの加護は、彼の方にご尊顔を拝見するまで、存じ上げませんでした」 さすが宰相閣下、回りくどい言い方だ。早い話が、こんなすっげー強い加護、魔王様に会うまで全然知らなかったぜ! ってな感じか。 けど、今の魔王って魔王のクセに謙虚なのね。 「あなたにも、感じます。あのお方と同じ・・・」 「え・・・?」 じ、とこっちを見てくるアーカーの目は、静かだった。 何だか、変に居心地悪いけど、嫌いじゃない。 もう一度、改めて見るとアーカーはカッコいい。ぶっちゃけると、あたしの好みのストライクゾーンのど真ん中だ。 顔だけは。行動は頂けないものが多過ぎる。 「いえ、何でもありません」 「それはいいけど、あたしは魔王にならないから、お家に帰して」 「・・・それは」 ミリダスが何か言おうとする。しかし、サディルがそれを止めた。気のせいか、アーカーと目配せした気がする。 「結構。あなたの決意は良く理解できました。しかし、条件があります」 「・・・何?」 ここで魔王になれ、と言われたら堂々巡りだ。 まあ、そうしたら嫌だと言って別の条件を考えてもらうけど。 「我らの都を、ご拝見願えますか? ああ、拒否権は欠片と存在しませぬが」 それは選択肢がないんじゃないだろうか。 けど、街を見る。それが、条件? 「・・・そんなんでいいの?」 観光して来いってコトでしょ。そんな簡単でいいのだろうか。 「ええ。ただし、あなたに都の、どの区域を見るかは選べません。私が選びます」 「・・・いや、別にいいけど」 それくらいなら、とあたしは安請合いする。この返事にアーカーは満足げにうなずく。 「では、翌日にお迎えに参ります。疲れた身体、我らが城で休ませください」 次へ 前へ 戻る |