見捨てない、絶対に。 いや、自分でもびっくりです。 ちょっと、まあ、少し純粋じゃない女子であるアタクシが魔王ですって。くはははは(魔王らしい笑いをしてみましたが、いかがですか)。 いやまあ、勇者なんて祭り上げられた挙句、銅像を奉られて、それが呪いの銅像になりました、なーんてノリよかマシなんだけど。 しっかし、魔王。魔王か・・・。 「ボーとしてると、バカみたいですよ、候補殿」 「悪かったね、バカみたいで」 「・・・失敬。間違えました。バカそのもの、アホそのもの、ゴミそのもの、美の侮辱です。ケルベロスにはらわた食いちぎられたような死相ですね」 「そこまで言うか、キサマ!!」 きーきーと憤慨して断固講義するが、無視られた。 どうやら魔王になろうと決意しようと、アーカーのあたしに対する扱いは変わらないらしい。 まあ、クソ丁寧に扱われるのは、こっちの癪にさわるのだが。 「・・・チナミさん、本当に、行くんですね」 おどおどした態度で、ミリダスがこっちを見てくる。 そう、あたしは今、この大陸の大半を支配する獅皇帝国とやらに旅立つのだ。それも親善大使として。 そして、あたしはその親玉、責任者の親善大使として、帝国にケンカを売りにいくのである。 あたしを魔王にするには儀式が必要で、時間がかかるらしい。その空いた時間を利用して、救出してみるとか。 前々から魔王救出の作戦だけは考えていたが、魔王就任の儀式のために人材不足で結局おじゃんになったらしい。あたしという謎の素材を手に入れて、アーカーは魔王救出作戦に乗り出した。反対する奴は? と聞いたら笑顔だけが返ってきた。 ・・・多分、いや、おそらく、反対意見は、その、物理的な側面も踏まえて叩き潰してきたと思う。多分。 怖いからもう何もあたしは言わない。うん。安全はお金で買えないもんね。 そして、この旅に同行するのは私の見知った顔ばかり。アーカーに、サディルに、オリヴィエ。もちろん、ミリダスも。 馬車で向かうのだが、馬車を引くのは普通の馬ではない。ユニコーンとペガサスという、おとぎの国の夢セットだ。白い翼は粉雪のような煌めきを放ち、銀粉がまぶされているかのようだった。 「今ならまだ、間に合いますよ?」 「・・・ミリダスさんって、意外に優しくないののか、頭悪いのか、意地が悪いのかわかんないね」 ミリダスは真剣にあたしを心配していた。それはわかっている。でも、一番大事なことに気付いていない。 「前の魔王のこと、見殺しにして、その上で生きていけるの?」 「・・・・・・・・・」 我ながら痛烈な一言であるそれに、ミリダスは沈黙した。アーカーは、これに怒りをわずかに顕わにしたが、ミリダスは違う。 大人の余裕のつもりだろうか、反応がない。あたしは、そんな大人の余裕というやつが、本気で嫌いだ。 平気じゃないくせに、強がって、自分の本音を隠している。 腹が立つくらい自分に似ているのが、あたしの苛立ちの原因だ。優しそうな顔をして、一番酷いことを言っている。罪悪感を持っているのがわかる、だから中途半端で許せない。 それが、あたしの八つ当たりだというのは、他でもないあたし自身が良く身にしみてわかっているのも事実。 だから、壊してやろうと思った。その、どうしようもない考えを。 そんなことを考えるあたしは、自分でも嫌なやつだと思う。 昔、くだらない意地で、傷つけたことがある。消えない傷を、刻み付けた覚えがある。 あたしは自分が好きではない。死んでしまえばいいと思っている、今でも。 けれど、意気地がないから、それができないだけ。自分のことが一番大事、そんな人間なのだ。 嫌なやつだ。どうしようもないくらい、あたしは嫌なやつだ。 キレイ事だって、わかっている。 子供のワガママだって、わかっている。 けれど、それを通さなかったら、あたしは今以上に自分を信じられなくなる。 嫌なやつだけど、自虐的に自分をいじめる真似だけはしなかった。自分が大事だからかもしれない。 顔すら見ることもできない誰か。その誰かを助ければ、あたしの存在価値も多少は上がるだろうか。 助けることが出来なかったら、穴埋めをした程度で自分の罪が軽くなるなんて思っちゃいない。 けれど。 「あたし、納得できないから。・・・そういう我慢だけは、もうしないって昔、決めたの」 「・・・すいません。出すぎた真似をしました」 ミリダスは、困ったように微笑む。あたしは、それに苦笑いを返した。 「ごめんね。どうしようもないヤツで」 「いえ。そう言ってくれて、本当は嬉しいんです。でも、それを表面に出していいのか、と・・・」 困ったなぁ、と笑うミリダスは、見ているこっちが穏やかな気分になりそうだった。 さっきは中途半端だのなんだの思ったが、この人はただ優しい。それだけは事実だ。 「・・・魔王を、助けたら、少しは変わるかな?」 何が変わる、とは聞かなかった。ミリダスは黙って微笑んだ。 「変わるさ」 颯爽とあたしとミリダスの間に入ってきたのは、ミリダスの義理の孫(?)のサディルだった。 太陽輝く空の下にいるサディルは、まさに目が潰れるんじゃないかというくらい、美しい。 何て言うか、こいつだけは真正面から"美しい"だの"きれい"だのという形容詞が、これ以上なく似合う。 ・・・あ、何か目が疲れてきた。存在そのものが輝いて見えるのが原因か。まるでラジウムだ。 「少なくとも、現状は打破できるよ」 さわやかに笑みを浮かべて言うと、何だかあたしも希望が持てる。 「・・・と、言うよりこれ以上悪くなりようがないだけなんだけど」 「・・・・・・・・」 持ち上げておいて、華麗に落とすな! この羽男めっ。その羽、むしりとって羽箒にしてやろうかっ! 「けど、君がいれば大丈夫だよ」 「・・・何で言い切れるの」 どこまでも爽やかなあんちくしょうは、やっぱりどこまでも爽やかだった。そのミリダスとは違う、憎々しいまでの微笑を切り崩そうと、言い返す。 「決まってるじゃないか。僕がそう思っているからだよ」 「・・・・・・・・・」 自信家なんですね。あたしの頭が痛くなってきたのは、きっと気のせいじゃない。 「助けるんだろ? 僕らの、魔王陛下を」 いたずらっぽく笑うサディルは、やっぱりキレイで、何かときめいてしまう。これは女としての母性本能ってやつだろうか。 「っ!?」 突如として視界が白く、と言うよりベージュ色に染まる。な、何が起きたんだ。 「帝国は砂漠を大半、領土とする国です。火傷対策は怠らぬようお願いいたしますよ」 あたしの頭に覆いかぶさったのは、どうやらマントみたいだ。ごわごわして、映画にでも出てきそうなデザインである。 「あなたが言い出したのですから、最後まで責任をお持ちください」 そう言って、あたしにマントを投げた男、アーカーは冷淡に告げる。 「・・・上等」 あたしはぽつりとつぶやいて、マントを持って馬車に乗り込む。 見上げれば、太陽が四つ、そして薄っすらと輝く白い月も見えた。 四つもあるのだから、その太陽のひとつくらいに、あたしは願掛けした。 なんとかなりますように、後悔だけはしませんように、と。 そうすれば、悔やんでばっかりのあたしにも、明るい未来は出迎えてくれるから。 前へ 戻る |