強制送還も嫌だけど、強制来訪も最悪だ トンネルを通ると、そこはベッドの中でした。 どっかのアニメ会社の長編アニメーションの有名キャッチフレーズ、それが頭に浮かんだ。 有名すぎて、それの元ネタが何だったのかも思い出せない。何と言っただろう、その名前は。 「おはようございます」 ついでに、お隣には美形のお兄ちゃんがいた。 ような気がした。あたしは即座に瞼を閉じた。多分、これは夢だ。眠いし、意識が朦朧とする。 昨日、友達と理想の二次元男性について熱く語ったせいだろう。クールビューティーな二枚目、いや二枚目を通り越した美形の一枚目がいる。 夢だな、こりゃ。 そうでなきゃ、何であたしの自室にコスプレ美青年がいるんだか。 「・・・どうしましょうか」 「い、いや、私に聞かれても」 「では起こしましょうか。楽しい方法で」 おはよう、と挨拶をした一枚目以外にも、まだ登場人物がいるらしい。けれど、あたしにはきっと関係ない。これは夢だから。 あたしは布団をかぶりなおし、また夢の世界へと深く落ちていく。 ――はずだった。 「・・・・・・・・?」 ごそごそと、何かを漁る音がする。いや、それはあたしの真下から聞こえた。 虚ろな目を、半分くらい開けて、それを見ようとした。 ぺたっ 「・・・・っ!?」 太ももに、生暖かいような、冷たいような、何かが触れた。 さらに、それはあたしの太ももを、怪しい仕草で撫で上げた。 具体的にいうと、撫でられている。 「ひぶはあああっ!?」 突然の感触に、あたしは毎度の事ながら、飛び上がるように起きた。謎の物体から離れるように、布団と枕を引っつかんで、あとずさる。 だが、それは間違いであった。 ごんっ! 「あっだぁっ!?」 背後に下がったが、見事にそこはベッドの端だったらしい。あたしは膝からかくん、と床に落ちた。 ・・・痛い。捻りはしなかったが、膝小僧を殴打した。それも直撃。赤く腫れているのではないかと、私は涙目になりながらさすり上げた。 「大丈夫ですか?」 膝をさするあたしに優しい言葉をかけてくれたのは、これまた美形だった。 あんまりの美形っぷりに、痛みも忘れる。 金色に光る猫毛の髪の毛に、燃える炎のような橙色の双眸。その炎の瞳は、レンズ越しに捉えられた。視力が悪いのか、眼鏡をしている。 さらに穏やかに微笑む顔は、まるで物語に出てくる聖人だ。見るものを言葉もなく納得させてしまうような、温厚そうな空気が漂っている。 ただ、魔法使いの着るような赤いローブと、錆び付いた金の鎧が気になったが、そのファンタジーな外見と良く似合っていて、違和感はない。 「・・・だ、誰ですか・・・?」 敬語になったのは、その優しげな美貌に声を、覇気を呑まれたせいだ。 足を引きずり、あたしは警戒心むき出しな猫みたく、あたしはまた後退した。 いやだってうさんくさいし。・・・ねえ? ・・・ってあたしは何で言い訳をしているんだか・・・。 「おはようございます、陛下」 また挨拶された。一番始め、あたしの意識が覚醒しかけた時に、挨拶をしたらしい男だ。その一枚目ぶりはやっぱり目を見開いてみても、一枚目だった。 黒い髪は影を伸ばしたかのような漆黒だった。瞳の色は、炎のような明るい紅色。ただし、今は炎のような熱さは必要としない、玲瓏な理性の色を放っている。 私に向かって慇懃なまでに一礼する姿は、女王に忠誠を誓う騎士のようだ。実際には騎士ではなく、オリーブ色のローブを身に纏っている。地味な服装だが、妙に迫力があった。 「へ、へーか?」 低めの美声から聞こえたのは、そんな単語。 まっさか“平価”、ではないだろう、いくら何でも。 とすると陛下だろうか? それは王様とか天皇とか、とにかく国と呼ばれる集合のトップに立つ人の呼び名である。 一体全体、誰の事をそう呼んだって言うんだか。 「あなたのことですよ、陛下」 優しそうなお兄さんは、苦笑するように促す。 上を見る。石造りの天井には、蛍袋の形をした硝子のシャンデリアが光っている。 下を見る。ふかふかな、白いシーツにつつまれたベッドがそこにある。 左右を見てみる。木製の本棚、黒い材質不明のテーブル。プラスチックのような光沢を持つ、白いイスが置いてある。 わかったのは、ここはあたしの部屋ではないし、さらにこの二人以外の人間はいないということ。 あたしは頭を抱えて五秒ほど悩んだ。 「・・・あたし?」 限りなくネガティブなのかポジティブなのかわからない消去法でいくと、陛下と呼ばれたのはどうやらあたしらしい。 美形の男に王族扱い。しかも見知らぬ、それなりに豪奢なお部屋。 ・・・うん、やっぱり夢でも見ているのだろうか。 あたしは指で頬をつねる。 つねること三秒。 ・・・普通に痛い。うん、残念ながら現実らしい。さらに両頬を、勢い良く両手ではたいた。 ・・・・・・やっぱり痛い。涙目になったし・・・。ああ、跡がついたんじゃないかこれ。 ・・・何だか、かわいそうなモノをみるような視線が向けられた気がしたが、そこは無視する。今の状況が飲み込めないあたしを、冷たい目で見ようと意味がないのだ。 いやその、ちょいとかなりむなしい気分になったんだけど・・・そこはそれと言うわけで。 そして、黒髪のお兄さんは当たり前のように言い放つ。 「あなたは、我ら人ならざるものの頂点に立つ、魔王陛下にございます」 ・・・ちょっと待って。 大分待って、かなりの時間を待って。 あたしを置いて、勝手に話を進ませないでちょーだいな。 魔王、魔王ってあーた・・・。 その単語を聞いて、思い浮かんだ四文字熟語。 それは――大陸崩壊、人類全滅、世界征服、怨敵復活。 どれもロクな単語じゃない。 その前に、あたしに時間をちょうだい。 そして、叫ばして。こんな風に。 「あたしは一般市民で遊びたい盛りで金銭苦労を伴っています平均善良的女子高生なんですけどもっ!?」 「申し送れました。僕は火炎区域の代表、ミリダスです」 あたしの叫びを聞いても、金髪青年は動じなかった。それどころか、にこやかに自己紹介を始めた。 「私は魔王様の雑役を補佐いたします宰相のアーカー・デルミッツ・セナクス・ハイラスメンツと申します。家業は継いでおりませんので、アーカーで結構です」 黒髪の方は社交辞令のごとく、隙を見せずにちゃっちゃと自己紹介。長い名前だ。 「・・・もう一回名前、教えて」 「アーカー・デルミッツ・セナクス・ハイラスメンツです。覚えなくて結構。あなたに覚えられるとは、ホロコーブの羽の重さほどに思っていませんので」 何となく、バカにされた気がする。こう見えても、記憶力はいいほうだ。 アーカーデルミッツセナクスハイラスメンツ。 ・・・続けてつなげると、別の単語になりそうだ。しかもセナクスハイラスメンツって、セクシャルハラスメントとちょっと似てる。 アカデミックセクシャルハラスメントと呼んでやろう。深い意味はない。何となくだ。 ひとまず私は距離を取るのをやめて、ベッドに座った。さっきから床に膝をついていたので、ふかふかベッドは心地良かった。 ベッドは我が家の狭い、汚い、堅いの嫌な三拍子のそろったベッドではなく、広い、きれい、柔らかいのステキ三拍子をそろえたベッドだった。さながら王侯貴族のキングサイズベッド。この調子なら、あと二人は一緒に寝れそうだ。 ・・・まあ、この年になって、誰かと一緒に寝るつもりはまったくないけど。 いやまあ、ここだけの話。好みの青年二人が同じベッドで眠っていたら、別の意味で歓喜な悲鳴を上げるかもしれないんだけども。 何でそんな風に叫ぶのかは、聞かないで。乙女には、まあ色々と深くて広いようで、実は怖い秘密がいっぱいなのだ。 するとミリダスは私の顔をのぞきこむように、中腰になって微笑んだ。どきりとしたが、優しげに微笑まれあたしまで笑ってしまいそうだ。 「陛下、お名前を教えてくださいますか?」 「えっと、藤間 千波といいます。あ、千波が名前ですから。藤間は苗字です」 何だか、迷子になって警官に名前を教えるようだ。実際、そうかもしれない。 藤間千波。個人的に、特に珍しいとは言い切れない名前だが、響きが良くて、漢字もわかりやすいので、嫌いではない名前である。じゃあ好きなのか、と聞かれたら答えに困るんだけど。 「フジマチナミ、ですか。何だか綺麗な名前ですね」 「え、そうですか?」 名前を褒められるとは思ってないので、ちょっと顔が赤くなる。ミリダスは外見と同じく、とても優しい性格らしい。 何と言うか、こう言ったいかにも優しい人間とは、あたしの周りにはいなかったので、ちょっと新鮮。 日本人女性が、イタリア人男性に口説かれてみれば、あたしの気持ちが少しはわかるんじゃないだろうか。 「ええっと、どこから説明すればいいのかな・・・アーカー」 「お断りします♪ めんどくさいじゃないですか」 アーカーは助けを求めるミリダスの視線を、さわやかに撃ち落した。気のせいか、彼の眼鏡越しに見える目が潤んだ気がする。 どーでもいいが、このアーカーとやら性格悪いな・・・。 「あ、あのー、ともかく、ここはどこなんでしょうか・・・?」 なぜか質問を受ける側のあたしが助け舟を出す。それにミリダスは、生真面目な顔をして答えてくれた。 「ここは、魔王陛下の・・・いえ、先代魔王陛下が治めていた、人間の存在しない都市・・・魔都の中心部です。おそらく、あなたの世界とは異なる次元に存在する場所になります」 「へ?」 人間が、存在しない? あまつさえ、魔王の治めていた? それに、異なる次元って。 ぱっぱっ、と出てくる単語の端々に秘められた意味を理解しつつ、あたしは仰天した。 では、目の前にいるこの二人も、人間外的生物の地球外生命体? 「み、ミリダスさんは人間じゃないんですか!? ああ、もしや世界を救うために降臨した最終兵器天使とかっ!」 「い、いえいえ、そんな・・・。僕は火蜥蜴、サラマンダーと呼ばれる火を扱う種族です」 「は、爬虫類ぃっ!?」 サラマンダー、と言えばそりゃ知ってるさ。炎の化身、火を操るトカゲ。四大属性の代表的な魔物でもある。 イメージとしては赤い鱗を持つ、そこそこ大きなトカゲ。その生態なんて詳しく知るはずはない。どんな生き物かは知っているが、実物を見ることなんて不可能だからだ。 それに目の前の人がサラマンダーと言われても、ぴんと来ない。大体、トカゲのような外見と言うと、どうも冷たいイメージの人を想像する。亜熱帯にすむ爬虫類だっているが、そこはあたしの貧困なイメージだ。あんまり期待しないで欲しい。 「アーカーは・・・まあ、これは後で。ともかく、チナミさん。あなたには魔王として即位して欲しいのです」 「な、何で!? 他に王位継承者はいないのっ!?」 魔王、と言うからには息子とか娘、ひいては王子とか姫とかがいるんじゃないだろうか。 「いませんね」 あっさりとあたしの希望を裏切りやがったのは、アーカーである。冷静すぎる態度で、ゆっくりとあたしに告げる。 「魔王陛下・・・ああ、あなたはまだ即位していないので、魔王ではないので、私にとっての魔王は彼ですが・・・。現魔王陛下が、帝国に誘拐されました」 ぶっ! な、何だそれは! あたしの脳裏に、古き好き時代のアールピージーのラスボスらが、あーれーとか言いながらさらわれていく図が思い浮かんだ。 シャレにならないくらい、恐ろしい光景だ。誘拐した人間は、きっと大層な神経の持ち主に違いない。 「ゆ、誘拐!?」 「ええ。我々には、敵がいましてね。お隣にある、人間を要とする獅皇帝国と言いまして。そこの帝国と我々は折り合いが悪くて」 巨人ファンと阪神ファンがどうあっても分かり合えない感じかなぁ。そんなあたしはカープファン。なぜなら弱いのを応援するのが好きだから。 「居場所はわかってはいるんです」 悔しそうに、自分の無力を嘆くようにミリダスは、うつむいた。 「ですが、帝国の結界は強力で・・・陛下はお一人でいらっしゃいますから、自力で脱出すら出来ません。ですが、方法がまったくないわけではないのです」 「どんな方法?」 どうせあたしも関係してくるんだろうが、今のあたしでは想像は出来ない。 「魔王の、代理を立てます。いえ、新しく就任し、新たな魔王に全ての力を受け継がせます」 キッパリと、あたしの目を見据え、紅蓮の双眸を閃かせ、ミリダスは言った。 「代、理?」 「かなり異質な方法ですが、魔王としての力をあなたに注ぎ込みます」 ミリダスの目には、すでに優しげなものはなかった。あるのは非情な決断を決意する為政者の眼だ。 「あ、あたし? 何であたし?」 あたしは、別に、ちょっと緊張感に欠ける無気力な受験生で。取り柄といえば三日ほど完徹してゲームを全クリしたぐらいだ。もしくは、暇だからと言う理由で六法全書を読破した事か。 と言うか、代理を立てて、一体何をするつもりなんだろう。 「・・・詳しくは後ほど。すいません、時間がないんです」 「観念していただけると、嬉しいんですけどね」 くいっ、とアーカーは私の顎をつかんで上に向かせる。その顔は笑顔だ。ただ、張り付いた仮面のような笑顔。 多分、私に拒否権はないんだろうと思う。にっこりと笑うアーカーは、手段を選ばない人間のそれだ。 ミリダスも、あたしの味方じゃない。 何だか、背筋に氷でも投げこまれたようだ。すごく、怖かった。 あたしに、選択権も、逃げることも、そして一番大切な、あたしの基本的人権すらもない。 人間として、いや、人間だからこそ、彼らに奴隷のような扱いを受ける。 そんな光景が、あたしの脳裏をよぎった。 「い、いやっ!!」 私はとっさに叫んだ。腕を振り払う。すると、私の皮膚にびりっ、と刺激が走った。痺れるような痛み。痛いけど、それは慣れてしまった痛みだ。 「っ!?」 アーカーが驚いたように後ろに下がる。突然の痛みに困惑している。 何が起こったのか理解できるのは、私だけ。 今、何が起きたのか、それはとても単純だ。 きっと、静電気。それもかなり強いの。 日常生活の一部といってもいいそれは、まさかこんな所で、こんな時に発生するとは思わなかった。 いつもは憎い帯電体質が、今はカミサマの贈り物かもと思えた。 あたしは意外と理性的にそんなことを考え、猛然と走った。 ミリダスとアーカーの後ろの方に扉があるくらいはわかってた。 あたしは、ただ、逃げ出した。 外に飛び出たあたしは、まず異形な廊下に度肝を抜かれた。 ここは魔王の城、悪の総本部だとはうすうすわかっていた。しかし、あたしの予想を遥かに超える建造物だった。 普通、魔王の居城なんて言うと、やっぱり巨大な城を想像する。薄暗い石造りの頑丈なお城、それはあたしの想像と一致していた。だが、周囲を構成するものが、普通じゃない。 まず、最初は石造りの城砦だったんだと思う。でも、何やら巨大な樹木に侵食されている。そこら中に枝や草が群生している。裸足で歩けば、目当ての部屋に入る頃には足が緑に染まっているだろう。 さらに、石畳が割れて、水が流れている。最初は直していないのかと思ったけど、どうやらその水は下に落ちて、植物を育てる植木鉢に落ちているから、如雨露代わりに使われているのだろう。 ほぼ、自然と言う自然と同化している。と言っても、覆いつくされているわけではなく、そこそこに人間が住めそうなきちんとした居住地だった。 そんな今のあたしの格好は、寝間着だった。スリッパを履いているのが、せめてもの救いだ。薄い布で構成された服は、やや心もとない。 今、この場に鏡はないが、寝癖なんかついてるんじゃないだろうか。 「うわ・・・」 あたしは床がない場所を発見した。ひび割れた床石は、落とし穴のようでそこから下がのぞきこめる。誰かいたので、耳をすませて、ついでにこっそりとのぞきこんでみる。 目に入ったのは青いジャンパースカートの女の子。清楚な白いエプロンを着ていることから、メイドなんだと思う。さすが魔王城、使用人がいるんだね。 ただ、人間なのかは怪しいのではあるが・・・。肌が・・・半分、青黒いって言うか、緑色って言うか、紫って言うか・・・・・・。 「ねえ、魔王様はまだお帰りにならないのかしら?」 心配そうな声だ。どうやら彼女らの反応から、現魔王陛下は人気が高いらしい。 「だって、帝国よ、帝国。いくらあの帝国の外交の帰りだからって・・・」 帝国の外交!? そんなのは初耳だ。帝国は敵じゃなかったのか。あたしは乗り出して聞き耳立てたい衝動を、必死に抑えた。 「陛下は、帝国と仲良くしたいだけなのに・・・」 「ひどいわよね! ミリダス様が言ってたけど、帰り道にさらわれたそうよ!」 「そうそう! しかも、帝国に戻って問い詰めれば、そこは領地じゃないから関係ないですって!!」 どんどんと声が荒くなる。帝国への怒りが、嫌でも読み取れた。 ・・・なるほど、つまり魔王は盗賊あたりを装った、帝国の軍勢に連れ去られた、と。 んで、帝国は帝国で治外法権だか何だかで責任逃れをして、涼しい顔をして魔王を監禁ってか。 ・・・汚い手を使うなぁ・・・。同じ人間として、情けない限りだ。 「何様よ! 空も飛べないくせに!」 「そうよ、そうよ!」 「炎を素手でも触れないくせに!」 「ええ! 水の中を自由に泳ぐことも、何にもできやしない、臆病者のくせに!!」 「・・・・・・・・・・」 私は、ゆっくりと気配を気付かれないように、その場から立ち去った。 おそらくこれ以上聞いても、多分求める情報は得られない。 わかるのは、彼女らの価値観はあたしとは全然違うことくらいだ。 「・・・なんか、疲れる」 噂話好きの女性は、どこの世界でも同じらしい。ともかく、情報を整理してみる。あたしの小さな頭じゃ、もうパンクしそうだ。 「ええっと、あたしは気がつけばここにいて・・・」 ふと、気付く。あたしは、眠っていて、起きたら異世界にいたのだ。 だったら、いつ召喚されたのだろう。 記憶を探ってみる。 ・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・思い出せない。 「え、えー? 何よ、混乱してきたわよーっ!」 大声で喚きたいのを我慢して、もう一度考え直す。余計な考えは頭を振って、振り落とす。でも、今重要なのは過去ではないことに気付き、考えるのをやめる。 「ま、まあ、それは後でっ。問題は・・・魔王、かな」 良くわからないが、彼らはあたしを魔王にしたい。それから、どうするのか。 「・・・やっぱ、身代わり?」 あたしの脳裏に、ぐるぐる巻きにされたまま、帝国軍――イメージとして、ナチスドイツ軍みたいなの――に引き渡されるあたしの図。その後は釜茹、市中引き回しの刑、ギロチンで首ちょんぱ、トドメにさらし首。 ・・・ああ、想像しただけで寒気が。 「冗談っ、あたしは善良な一般人よ。生贄にされたら、末代越えて、血に連なるもの全てを呪ってあげるから」 それは悪霊以上にタチが悪いと自覚しつつ、あたしはもう一度、城を見回した。 「窓・・・ないかな。のぞき穴でもいいけど・・・」 注意深く廊下を歩く。すると、窓、と言うより木々の枝か根っこかの間に、隙間があった。それも、あたしの頭一つ分の大きさの。 「らっき♪」 即座に外を眺める。風が、あたしの髪を揺らした。 「うわあ・・・!」 鮮烈な光が目に入ってきた。その数秒後、“異世界”が見えた。 広い。とにかく広い。 足元の方では、なにやら小さい人影が見える。なんて高さだろう。こんな高さから見た光景は、小さい頃に行った観光地のロープーウェイ以来だ。 見えたのは、色鮮やかな空と大地。 遠目に見えるのは広大な森林地域と、光り輝く透明な水晶色の大地、それから噴火する活火山が見えた。 良くみると、細い線があって、赤い箱が動いている。もしかして、列車だろうか。細い線はきっと線路で、その線路はいくつも枝分かれしている。 それよりも驚いたのは、空を飛んでいる生物だ。羽を生やした人間、大きな翼を持ったトカゲ、それに物騒なツラをしたハゲタカ。 沈む夕日のおかげで、空はオレンジとラベンダーブルーに染まっていた。パステルカラーで彩られた空は、異世界でも同じだ。 しかし、すぐに異質な事に気付いた。大きな太陽が沈み、その後に続くように、三つの光球が沈んでいく。正直、頭のどこかで否定したかったが、半分は理解できていた。 太陽が、四つあるのだ。さらに、月も見えてきた。四つあった太陽の一つが沈み、ラベンダー色の空に真円を描いた白い巨大な月が姿を見せる。良く見ると、細い輪っかがある。土星の輪に良く似ていた。 「すご・・・」 異世界は、こんなにも美しい。こんな世界を統治していた王は、確かに尊敬に値する存在だ。 ・・・たとえ、魔王だとしても。 「わっ」 空を飛んでいる連中と目が合いそうになった。あたしは心苦しい立場なんで、即座に隠れた。 「ともかく、脱出脱出・・・」 ともかく、領地全体(?)を見渡せるくらい広いのは、わかった。どこか、脱出路はないものか。隠し階段とか、隠し扉とか、誰も知らないものが好ましい。 「・・・あれ?」 ふと気付いたのだが、この窓がある地区に、ひたすらぶっとい枝振りがある。いや、それはもはや幹だ。私はそれに凝視した。窓から覗き込んでみる。 それは、ちょうど真下の建物の天井に繋がっていた。さらに、城壁には出っ張りが大量にあって、あたしの両足がかろうじて乗るくらいの石があった。 繰り返すが、ここはかなりの高さ。地上に行くには、かなりの時間が必要だとわかる。 けれど、あたしのとった選択は。 「・・・よし」 覚悟を決めて、命賭けのロックライミングを行うことにした。 次へ 戻る |