終焉ではなく幕を引け、それが手向けとなろうから



自分が何者なのか、良くわからなくなってきた。
手首を見てみると、傷跡があった。確か、これはドリーシュに盗賊と間違えられて射られた跡。
彼女とのどたばた騒ぎが終わった後で、傷つけられたことを過剰なまでに謝られた時はどうしようかと思った。
それから、左手の親指の付け根の傷は、ホタポタで何か作ろうとして、謝って包丁で切ってしまった時の傷。
これは教えてくれたリタリーがぎょっとなったので、良く覚えている。
「・・・なーに傷、見ながらニヤニヤしてんだよ、相棒」
そっけない声は、相も変わらず降ってわいたように響いてきた。
「んー?」
特に意味はない。特に意味はないのだけれど。
「・・・自分がちょっとワケわかんなくなって」
「ああ?」
「自分が世界を喰らうものだってわかって、ちょっと驚いてるのかな」
ガジル界で出会ったレナもそうだけど、私とは違う。自分のことを理解せず、ここまで来た。
それはなんだか、不思議で、どことなく不気味に思えてしまう。
「ギグは、わかりやすいよね」
「・・・・・・・・・褒めてんのか?」
しばしの間。私はそれをくすりと笑った。
あんまり褒めてない。どちらかと言えば、馬鹿にしているニュアンスさえある。
「羨ましい、って言ってるんだよ」
「ホントかよ」
ギグはカンがいい。けれど深く追求はしてこなかった。
こういった所が、たまらなく落ち着く。深く境界の向こうを越えてこず、呆れたように私を見てくるのが私とギグの距離だ。
心地よい距離。この魂だけの存在とうまくやっていけた要因は、この距離感にあるかもしれない。
「もうすぐ、終わっちゃうね」
「・・・ああ」
この旅も終わりに近い。
ベルビウス様の望みは叶うだろう。ハーフニィス界を救う、その望みは。
けれど、ギグの望みはどうだろう。身体は、どうなってしまうのだろ。
「・・・死ぬまで、こうなのかな」
「お前が身体を寄越せば、違ってくるぜ?」
からかうような口調。でも、今までと違って本気ではない。冗談だ。それが声の温度でわかった。
「・・・お嫁に行けないなぁ」
「は?相棒、お前結婚してえのか?」
「え?いや、そうじゃなくて・・・人生のパートナー?信頼しあえる関係って、憧れるから」
・・・・・・・・・。
・・・・・・あれ?もしかして、それって・・・。
「俺じゃ不満なのかよ?」
少し寂しい声だった。私はその声にどきりとする。
「ううん!そうじゃなくて・・・」
じゃあ、どう言えばいいんだろ。
私は頭の中でぐるぐる反芻する。
えっと、えっと。うーんと、これは、その。
「・・・ああ、やめやめ!とにかく、ギグ!!」
私はぶんぶかと頭を横に振り、高らかに言った。
「ギグと私は文字通りの、一心同体で、一蓮托生だから」
ぐ、と瞼に力を込める。
空には星。
けれど、ガジル界の空は淀んでいて、星の瞬きが空の虚ろに掻き消えてしまいそう。
けど、大丈夫だ。
私も、ギグも、ダネットも、レナも、誰も彼も消えない。
「最後まで、よろしくね」
それにギグは「あたぼうよ!」と返した。

旅の終わりはもう少し先のこと。


ねえ、覚えてる?始めて出会ったあの日のことを――




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