ちゅく、と唾液の滴る音がする。その音に、何ともいえない悪寒が背筋を走る。
けれど、蝉は安藤の様子などお構いなしに、ちゅう、と音を立てて指をしゃぶる。
「・・・おいしいですか」
自分の指を舐められて、なるべく視界に入れないようにして安藤は聞いた。
手元には宮沢賢治の本。犬養の愛著書とのことで、ちょっと読んでみようとしていたのだが。
「いや、全然」
蝉はマイペースに指を舐める。
さっきから、ずっとこの調子だ。安藤は必死に本を読もうとするが、蝉からちょっかいをかけられて、集中できない。
「・・・っ、蝉さんっ」
強く吸われて、安藤は声をもらした。
「何だよ」
蝉は安藤の声を気にせず、指をしゃぶる。熱くて柔らかいのは、舌だ。その舌が器用に指の合間を行ったりきたりしている。
「何なんですかっ、さっきから・・・変なことして」
「テメエがヤらせねえから」
ぐ、と安藤は言葉に詰まった。
蝉は安藤とそういう事をしたいらしいが、安藤としては明日は学校だし、この宮沢賢治は学校からの借り物で今日中読まないといけない。
だから、丁重にお断りしたのだが。
「ってかさ、目の前に俺がいんのに、犬養? そいつの好きなもんを取るのか?」
「え」
「俺と犬養の好きなもん、どっちが大事だ」
どうやら蝉の言動とオーラを分析するに、嫉妬していたようだ。
「・・・・・・・・・」
安藤はしばし、唖然と口をあけ。
「ぷっ」
嫉妬する蝉が可愛く見えて、噴出した。
「な、何だよっ!?」
「・・・いいえ、何でもぉー」
恋人の意外な一面を見て、安藤はクスクス笑った。
この甘い日々に休みは存在しないのだ。
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