「いだだだだだっ!痛い、痛いですよっ!!」
安藤はベッドに寝転んだまま、悲鳴を上げた。組み敷いているのは、栗色長髪の青年、蝉だ。
「うるせぇっ、大人しくしろ!」
蝉は乱暴に安藤に跨り、罵声を吐いた。
一体どういう状況なのか。少し整理しようと安藤は思う。
自分は普通の高校生で、まあ、ちょっと変わった特技を持っていて、それを恐れたのか良くわからないが命を狙われた経験がある。
高校二年で殺されかけた。大した人生経験だと我ながら思う。
目の前の蝉がその実行犯。未遂に終わったので、今の自分がいるわけだが。
そして、現在。
蝉に組み敷かれ、いわゆる押し倒されている。
襲われているのだ。無理やりに。
そして、男同士の性行為。つまり、それはどちらかが受け入れなければならない。
蝉はあっさりと言った。
「お前、女役な」
爆弾発言は安藤を怯えさせるのにこれ以上ない役者だった。
安藤は蝉が好きだ。それは事実だ。だが、それでもできる事とできない事はある。
「無理です無理ですってば、元々そこはそんなものを突っ込む器官じゃないんですっ」
「テンメェ、その気にさせといて逃げんのか?最悪だな、オイ!
男なら最後までやり遂げろって教わらなかったのか?悪徳教育もここに極まり、だな」
「そんなこと言ったって、許容範囲を過ぎてますよ・・・無理です。死にます、俺が」
安藤は脱ぎ払ったシャツで顔を隠し、ズボンを押さえつつ半泣きで訴えた。
「うっせぇ。初体験に夢を馳せる処女じゃあるまいし。それとも初めてか?」
蝉は往生際の悪い安藤を呆れたように見下ろした。安藤は上半身だけ裸の蝉を見上げる。
引き締まった身体は惚れ惚れするものだ。だが、自分が今から行われる行為には抵抗がある。
例え蝉に好意を持って、今の状況を受け入れても、それでも理性が拒絶する。
蝉と、性行為をする。
言葉にすれば何てことはない。安藤は蝉を好いているし、蝉もまたしかりだ。
お互いに好きあっている。それは事実だ。だがしかし。
「男とは当然初めてですよ、いけませんか!」
安藤は泣きながらも怒鳴った。
当たり前だ。男と身体を重ねることなど、今日が初めてだ。こんなのが何度もあってたまるものか。
すると蝉は深くため息をついた。演技のように見えるそれは、心底疲れているように見えた。
「別に悪かねえよ、俺も初めてだし」
「え」
「・・・何だよ、その反応」
思わずこぼれ出た一言に、安藤はあはは、と愛想笑いを浮かべる。
「いや、えっと、蝉さんは人生経験が豊富そうだから・・・」
「男相手にやるか、アホ!」
盛大に怒られ、枕で顔を押さえつけられた。
安藤はむがーと抵抗したが、無駄だ。相手の方が力も小回りも上だ。敵うはずがない。
けれど、その言葉に自然と顔がほころんだ。
「男とは初めてってことは・・・女の人は?」
枕を顔から下に移動させ、抱き込む形にして安藤は蝉に聞いた。
「あるさ、そりゃ。この年でなかったら犯罪だろ。何、お前。そーゆー他人の昔の性経験にこだわるタイプ?」
「・・・蝉さんっていくつなんです?」
ここで安藤の考察スイッチが入る。それは常々と気になっていた原題だ。
若そうに見える。いや、実際に若いのだ、それは事実だ。
しかし自分のことをクソガキ呼ばわりしたことから、年上というのはわかる。しかし高校生以上の年齢、つまり二十歳で兎耳のパーカーを愛用するのはいかがなものか。似合っているから良いのだが、アレはアレで微妙な気分だ。たまに同い年の友人と話している気がする。ダメなら年上の怖い先輩。満智子さんのポジション、うん、それなら違和感ゼロ。しかし、一つしか違わないのにクソガキ呼ばわりは少し変じゃないか?
「何独りでぶつぶつ言ってんだ」
ごまかすんじゃねえ、と蝉は安藤の抱えた枕を一発殴った。ぐえ、と安藤は潰れた蛙一歩手前に近い声を出したが、わざとだ。
「とっとと突っ込ませろ、往生際が悪ぃ」
「・・・もうちょっとオブラートに包んだ言い方できませんか?」
突っ込ませろ、と言われても突っ込まれる身としては色々と辛いものがある。
「オブラートに包んだ所で言ってることに変わりはねえだろ。
置き場に困るようないらないもんを、クリスマスプレゼントみたいにラッピングされても嬉しくねえみたいにな」
「・・・その言い方だと要求そのものに価値がないように聞こえますよ」
そう指摘すると、それもそうかと蝉は納得したようにうなずいた。安藤と蝉は色々と弁論をし、口喧嘩のような展開になることも少なくはないが、お互いが納得をすれば、今までの頑固さが嘘のように滑らかに相手を受け入れる。
蝉はしばしメンドくせえなぁ、と聞こえるニュアンスで愚痴ったが、やがて安藤に顔を近づけて、ドスの利いた声でつぶやいた。
「やらせろ、安藤」
「・・・・・・・・」
安藤は泣きたいような、笑いたいような複雑な気分で蝉を見た。彼なりに考えたのだろう。
どうだ言ってやったぞ、満足か?と言いたげな目でこっちを見てくる。期待を一身にまとっている。それを潰すのは気が引けた。安藤は蝉の、たまに見せる純朴とは言いがたいが、誉められるのを待つ子供のような無邪気な顔が好きだ。
「・・・お手柔らかに」
「さあな好きにする」
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