For me,There is not the "IF story".
――――
俺にとって、そんなことは有り得ない。
SIDE:Numere Octavo
もしもだとか、例え話なんて興味ない。
むしろ嫌悪している。
今を生きている彼にとって、もしもなんて例え話はまったく意味がない。邪魔なだけだ。
だが、その大嫌いな例え話をする女は、ノイトラの中でどんな存在なのか。
「もし、貴方と私が出会わなかったなら、少しはマシだったのかしら」
まただ。またネリエルはノイトラの嫌いな例え話をする。
そんな有り得ないことになんて興味はないし、どうでもいい。
いや、どうでもいいというのはウソだ。
本当に無意味ならば、この胸を掻き毟るような焦燥は始めから存在しない。
そんなことを認めれば、大事な何かが確実に揺らぐ気がした。
「もしも、あなたが私と出会わなかったら」
やめろ。
「もしも、私があなたよりも弱かったら」
黙れ。
「もしも、私が人間だとしたら」
うるさい、やめろ。もう喋るな。
「多少だけど、あなたとの関係は良くなっていたのかしら」
疑問でもなく、ただの願望にも劣るその思いは。
ノイトラの指の合間を縫って入るように、拒絶の雪が降って積もる。
そんなことはない。そんなの有り得ないと、ノイトラは叫ぶ。
ネリエルにとって、今の関係は最悪なのか。
自分とであったことは、消してしまいたいのか。
今まで積み重ねた全てを、否定されるのか。
それが、何よりも憤りの色を呼び起こす。
もしもの物語なんて存在しないし、どうでもいい。
矛盾だらけの自分を、誰かが刺し殺してくれればいいと。
それを実行することは、誰も出来ないとわかっていたのだが。
I do not still stop thinking.
――――それでも、私は考える事を止めない。
SIDE:Numere Tercero
何かを想像するのは嫌いじゃない。
むしろ、この昼と夜しか存在しない虚空の砂漠での時間つぶしは、私の場合、もっぱら空想することで補った。
たまにノイトラが勝負をふっかけてくるが、それでも長く続いて2、3時間で決着はつく。
従属官のみんなでお茶をするのも悪くはないが、そう何度もできるわけではない。
あとに残されたものは、散歩だが、立場上、あまり外にはちょくちょくと出れることが出来ない。
だから、私はいちいちもしもの話がつくのが好きだ。
もしも、死神が虚夜宮に攻めてきたら。
もしも、現世へ行くことが出来たら。
もしも、十刃の立場になかったら。
そして、素敵な出会いをしたら。
ノイトラは、このもしもだとかいう不確定な話は嫌いらしい。
一度、出会わなかったらどうなっていたかと、ぽつりと話の種として言ってみたら、問答無用で斬って駆られた。
よほど頭にきたのか、ノイトラは言葉が通じなかった。落ち着くように、取り押さえ、動きを止めると、やっと自我を取り戻し、憎々しげにネリエルを睨んだものだ。
「テメエにとって、そんなに今は価値がないのか!?」
激昂したノイトラは、霊圧を飛ばし、ネリエルを睨む。
「十刃の地位も!」
欲しかったわけでもなく手に入ったものを。
「その力を!」
実力に伴って、当たり前のように存在するものを。
「今まで手に入れたもの、全てを否定するような言い方しやがって!!」
そう怒り狂うノイトラを、ネリエルは始めて怖いと思った。
単純な感情をぶつけられたことは何度もある。それは敵意や殺意といった、原初の感情だ。
だが、それ以上に単純化された純粋な怒りはネリエルに恐怖を覚えさせた。
それを教えたノイトラは、この事実を知れば一体どんな表情になるのだろう。
ノイトラはおそらく、想像ばかりして、その想像の世界だけに浸る事を極端に嫌っているのだろう。
誰よりも逃げる事を嫌っていた男だ。
だから、ネリエルがもしもの話をして、今の自分を否定されたように思ったのだろう。
悪い事をしたと思う。
けれど、ネリエルはもしも、と有り得ない物語を思い浮かべるのは好きだ。
例えば、ノイトラと普通に会話をしたり。
例えば、死神と争わなかったり。
例えば、誰もが幸せでいられる世界が存在したり。
有り得ないことは、有り得ないからこそ、光り輝き、光沢を増す。
もう手に届かないからこそ、美しいのだ。
ネリエルは瞳を閉じて、闇に意識を沈め、思いついた事を改めて見直す。
今度、ノイトラに謝っておこう。素直に謝らせてくれるとは思えないけれど、それでも謝っておこう。
後悔はしていない。
触れることすら叶わない、遠い場所にある光景。それを羨む事は、きっとネリエルは魂が消えたとしてもやめたりしない。
だが、それを悔やんだりはしない。
自分の意思で、自分の力で、自分の足で歩んできた道のり。
それを否定できるほど、ネリエルは愚かではなかったのだ。
あとがき
珍しくあとがきです。
1000HIT記念のフリー小説です。
持ってかえってもOKです。連絡不要。
でも掲示板に連絡してくれると、泣いて喜びます。
ノイトラの文章は和訳すると「私にとって、もしもの物語は存在しない」となります。ネリエルはまんまです。
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