何でこんなことをさせるんだと問うと、奴はこう答える

「そんなの、兄貴が僕の事、だーいすきだからだろっ」

くたばっちまえ、てめえなんか




絶対零度の世界




用もなく呼び出され、俺はザエルアポロに茶を入れる。
ティーカップは奴の拘りで、なぜか実験器具の真横にあった。
別に奴のためじゃない。こうでもしないと間が持たない。俺自身、紅茶は嫌いじゃなかった。グリムジョーは飲み食いに興味がないので、俺自身は飲む機会がない。たまに藍染様に呼び出され、茶会に招かれることがあり、その時度々茶を入れる東仙様を手伝ったせいでもある。
あの、ゆったりした空間は好きだ。グリムジョーと意味もなく背中合わせで、何もせずにいた時と似ている。
もっとも、相手がザエルアポロではそんなことは期待できない。するだけ無駄だ。怪我がないだけでも有難いだろう。
「まだ?」
「・・・今淹れたばっかだろ。あと最低3分は待て」
「ヤダ。今すぐ飲みたい」
気持ち悪い。何だ、この駄々っ子の反応は。
「・・・薄いぞ」
「じゃあいらない」
「・・・・・・・・・」
どうしてくれよう、この桃色頭。大体、俺の弟のくせに何でそんな色なんだ。俺の髪の毛が地毛で金髪なのに、ザエルアポロの奴は目が痛いまでの桃色。どピンク。正直、隣にいると非常に悪目立ちする。
・・・もっとも、クセモノしかいない虚圏じゃ、そんなことは特に気にならないのだが。
「何考えてるの」
「・・・あ?」
「何考えているかって聞いてるんだよ、このカス」
誰がカスだ、誰が。てめえみてえな頭のネジを全部忘れてきたような奴にカス扱いされたくねえ。
「・・・別に」
「目玉穿って、指を切っちゃおうか?」
ザエルアポロには生半可な誤魔化しは通用しない。そして、こいつはやると言ったら、必ずヤる。目が本気だ。俺の背中に悪寒が走ったのが良い証拠だ。笑顔で言いやがったし、この男。
「お、お前のことだよ」
別に間違っちゃいない。ふうん、と探るような目で見てくる。褐色の目が怖い。だが、そんなことを口に出さない。何をされるかわかったものではない。
「グリムジョーが十刃から落ちたこと考えてるかと思ったのに」
「・・・ああ」
それについては否定しない。俺にとって、少なくとも奴の従属官である俺にとっては大事件だった。
「兄貴、グリムジョーにやけに絡むしね」
悪い意味ではないよ、と付け加えるのを忘れない。
今日のザエルアポロはやけに饒舌だ。そして、俺も饒舌だった。何も言わなかったら、後が恐ろしいことを知っていたかもしれない。
「・・・お前と、グリムジョーに抱いてる感情は、違う」
同じではない。
正直、俺はザエルアポロをどう思っているか、わからない。
ただグリムジョーに抱いているそれは、鮮烈なまでの憧憬だ。
俺にはない全てを持っているから、俺にとってグリムジョーは絶対な存在で、目が離せない。愛情とか、思慕とか、そんなものではなく。
砂漠に打ちたった鉄柱に、時を経てやっと出会えた懐旧に近い。
ただ、ザエルアポロに抱いているのが何なのか、俺にはわからない。
いつの日か、撃ち砕かれた半身を見つけ出したような感覚とも違う。
天を目指し、駆け上がるそれを見る感覚とも違う。
乾いた砂に、水滴が吸い込まれ、それでも乾き続けるような何か。
俺に、それを理解するすべはない。
「そんなことはどうでもいいんだ」
ザエルアポロはすがりつくように、俺の白の衣を握り締める。別に意識してやったことではないだろう。俺とこいつの身長差からは仕方のないことだ。俺が、唯一ザエルアポロに勝っている部分でもある。
「お前は僕にイヌみたいに媚びへつらってれば良いんだよ、それ以外は必要ない」
その目を、何と言ったらいいだろう。
憎悪の混じった冷気と、独占欲に似たそれに彩られた、欲望色の目を、何と言ったら良かっただろう。
俺は、その目を見ただけで、何も出来なくなる。
藍染様の霊圧を受けただけでは、こんなことには決してならない。
俺は、目が離せずに動けなくなる。
「それができないなら死ね。今すぐ死ね、カス」
耳元で囁かれた声が、毒のようにしみこんでいく。
耳朶から、ザエルアポロに侵食されているように感じた。
気持ち悪い。自分の体が、ザエルアポロの領域と化していくのが、嫌でもわかる。
一番情けないのは、それに抗えない自分だ。
「兄貴にはそれくらいしか能がないんだからさ」
そう言って、ザエルアポロは俺の手にあったティーポットを奪い取る。
「・・・黙れ」
出てきた声は思いのほか、低かった。
「うん?何、反抗する気?」
ザエルアポロは面白がるように言う。こいつにとって、俺の怒りなど些細なことなのだろう。頭の中で、どこか冷静に理解する。
「黙れ、クソガキ」
言い放って、俺はザエルアポロの口に噛み付く。
「ん・・・」
「・・・ぅふ」
短いキスだ。舌が軽くお互いに触れた。
「誰がガキだよ・・・」
ザエルアポロはくっく、と喉を鳴らして笑う。
「そのガキに飼われてる兄貴は、何なんだろうねぇ?ペット?」
楽しげに笑うザエルアポロの顔は、どこまでも残酷だ。
俺は多分、一生コイツに勝てないのだろう。
例え身体だけ屈服しても、その傲慢な精神を引き摺り暴くことはできない。
最も、それはお互い様なのだけど。

俺も、こいつも、カスばっかだ
それを正そうとできないのが、一番情けないが、直そうと思わない



凍った世界で、からっぽなまま、求め合うしか、俺達にはできないから




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