「喜助ぇー。一護のヤツの弱点知らんかー?」
かつての隊長の先輩がいきなり店に訪ねてきた。それはいい。
何とも不躾な質問に、自称ハンサムエロ店長、浦原喜助はよよよよ、と泣き崩れる。
「そんなのあたしが知りたいっす・・・!!」
涙目になりつつ、袖の端を噛む姿は様にはなっている。情けないことこの上ない。しかし、浦原はその情けなさを武器にする男なのである。
「知ってたら、黒崎さんにあんなことやこんなことできるのにー!!」
「・・・オレ、一護の弱点わかっても、ぜってー喜助には教えんことにする」
「あー! 酷いっ、平子さんっ。あたしとあなたの仲じゃないですか!」
どんな仲なのか、質問した平子に浦原はしがみつく。それはどこからどう見ても、捨てないでーとすがりつく男女のようだった。
「・・・・・・・・・」
そして、それを偶然見てしまった不幸な青年。
「あん? お前、一護のダチの藤丸やないか」
「あ、藤丸さん。いらっしゃいっすー」
何やら仲の良さそうな二人を見て、藤丸は何とも言えない表情になる。
彼の名は宮能 藤丸。色々あって、藍染の野望に巻き込まれた、双子の死神の兄である。
「あー・・・お邪魔しました」
「ちょっ! 何で背を向けんのや!?」
「藤丸さーん! もしかしなくとも、とんでもない誤解してませんかっ?」
平子にしがみつく浦原の姿を見た藤丸は、この謎の関係にある二人に捕まる。
宮能 藤丸。彼は平子 真子と浦原 喜助が元隊長同士のお友達であったことを知らない。
「一護くんの弱点ですか」
「そうそう、何か知らん? クラス同じで席が隣同士なのに、心開いてくれへんねん」
「あはは、平子さんってば胡散臭いんだから仕方ないっすよー」
余計な事を言うエロ店長を、平子は肘で黙らせ、話を続ける。あの肘鉄にはきっとお前だけには言われたくないという思いが詰まっているのだろう。
「何か知らん? 何なら、好みのタイプでもええんやけど」
「ハイハイハイ!!」
平子にどつかれた浦原は即座に復活し、大声あげながら挙手をしてきた。藤丸は今までの経験から、何となく嫌な予感を覚えた。
平子とは隊長としての付き合いはなかったが、浦原の変人ぶりは良く知っていたのだ。恐れるな、という方が無理な話である。
「黒崎さんは、わき腹撫でられると可愛い声出すっすよ!」
「何で知ってんねん! 死ね!!」
今度は平子の手加減抜きのコースクリューが決まった。本気だった。藤丸は良くわからなかったが、平子は思っている以上に一護を気にしているということがわかった。
「・・・一護くんの好み、か」
藤丸はうーんと考え込んだ。そういえば、この前、尸魂界(ソウル・ソサエティ)で一緒に湯治をした時、好みの女性のタイプが出てきたような気がする。
ちなみに妹は守備範囲外である事を、藤丸はまつ梨に知らせていない。怖いから。
「そういえば、一緒に温泉に入った時にそんな事を・・・」
「え、マジ? 一緒に入ったん?」
平子は藤丸の予想以上に食いついてきた。本気で一護の弱点を知りたいらしい。
「じゃあじゃあ、聞きたいんやけど」
「はあ」
かなり真面目な顔をして聞かれるので、藤丸は緊張した。
「一護って、下の毛もあんな色なん!?」
「・・・・・・・・・」
藤丸の目が、ダメ人間を見るような目に変わる。平たく言うと、それは浦原を見る目と少し似ている。
「あれ、地毛なんか調べるんやったら、あそこ見るんが一番手っ取り早いとちゃうか。いつか風呂誘って、のぞいてやろ」
一護くん、逃げてー! と藤丸は心の中で叫んだ。
ヤバイ、この人も浦原さんと根本が一緒だと、藤丸は戦慄した。
「っていうか平子さん。黒崎さんの好み、好み」
「おお、そやったな」
浦原が軌道修正したので、話は元に戻る。
一護の好みのタイプ。それに、藤丸は少し思い出すように額に手を当てて。
「うーん・・・やっぱり乱菊ちゃんみたいなのが好きらしいね」
男の子だねぇ、と藤丸は遠い目になる。妹という存在のせいで、彼は女性に関して色々とシビアな観点を持っているのだ。
「つまり、出るとこ出てるタイプ?」
「まあそうなんだろうけど・・・ああ、でも一護くんはさー」
ふと、彼に想いを寄せているであろう、織姫を思い出す。彼女は何だかんだで、恋愛には消極的だ。フォローはうまいが、自分というものをあまり出さない。
きっと、尽くされているという実感さえあれば、うまくいくのではないか。
「きっと、優しくしてもらったりとか、甘えさせてもらうタイプに弱いんじゃないかな?」
「・・・ほほう。その心は?」
「浮竹隊長とか、卯ノ花隊長には全然反発せずに大人しいし。逆に恋次くんとか檜左木さんとかは、結構ケンカしてるしなー」
「・・・仲、ええんか」
「まあ、一緒にお茶を飲んだりしたし。僕やまつ梨も加えてもらったしね」
その時の事を思い出しているのか、藤丸は嬉しそうだ。浦原は暗い顔をしながら平子と作戦会議を行う。
「・・・平子さん、今のあたしらに求められてんのは大人の色気っすよ。どうしますか?」
「色気ねぇ。オレ、ピチピチの高校生やから自信ないんやけど・・・」
「うわー! 言っちゃったよ、この人! ねえ、藤丸さん! この人とあたし、どっちが若いッスか!?」
自分より年上の先輩が“ぴちぴち”という単語を使ったのが許しがたいのか、浦原は藤丸に詰め寄った。
「え、ええー? それじゃ・・・・・・・・・平子、くんかなぁ?」
「いよっしゃああああああああっ!!
ふははは、見たか、喜助ぇ!! これぞオレの実力やー!!」
「うそぉおおーん! ひど、ひどいですよ、藤丸さん! 昔可愛がってあげた恩を忘れて、この仕打ち! お兄さんの心が痛い!!」
大勝利に喜ぶ平子に、浦原はショックを受けた。まさか、そんなことがあるはずがない。今の気分は二週間漬けで実験を繰り返したが、最後の最後で失敗した恐怖の記憶を掘り起こさせた。
「いや、だって、高校生と浦原さんを比べるのは・・・」
平子くんは一護と同い年なんだし、と付け加えると、ぎょろんと死んだ魚のような目で平子を睨む浦原。
彼らの年齢の真実が平子>浦原>藤丸>一護であることを、上位ワンツーフィニッシュのお二人しか知らない。
若い子を騙すのは気が引けるなー、なんてタヌキとキツネのようなお年寄りが思ってることを藤丸は知らない。
「くっ・・・いや、でも平子さん、甘いっすよ!」
「何が甘いんや?」
「アタシは! 黒崎さんのお師匠的存在、精神的支柱! 対する平子さんは謎の転校生、アーンド、謎の勧誘者! ぶっちゃけその胡散臭さと怪しさは、洗剤の訪問販売のごとくウザくて、不気味! かくを言うアタシも、あのしつこさにはどん引きっす!!」
「他の誰に言われても、お前だけには言われたかないわー!!」
あまりの的を射た言い様に、平子はキレた。鞄の中から教科書取り出して、浦原の顔面シュート。そしてゴール。
「あいたー!? ちょ、教科書を投げないで下さいよー! プラナリアの仕組みを忘れちゃうじゃないですか!」
「知るか、んなもん! お前に言われると腹立つ!」
「平子さんのは自業自得でしょ!」
「あのー、一護くんの好みについては・・・」
話がまだずれてる。何よりケンカになりそうだったので、藤丸は割って入った。
心の中で浦原がこうまでどつかれたりするのは珍しいなぁ、なんて思ってみたりしている。
「おう、それや」
平子はぱちん、と指を鳴らして。
「やっぱ、あれか? 差し入れとか喜ぶんとちゃうかな?」
「え、でも黒崎さん、結構遠慮する人ですよ」
「せやから、頼られるといかに好感度高いかわかるんとちゃう?」
「なるほどー」
そこで浦原は軽く一護の自分に対するお願い事を思い出す。
ルキア救出は利用した形で、彼を強くしたから印象は悪い。怒っていた。顔を殴られた。あれは痛かった。
それからどうだったか。グランド・フィッシャーが攻め入って、一心の様子を見て、死神の面々が乗り込んできて、その一人の恋次が居候して。
「・・・あれ?」
もしかして、全然頼られてない?
いや、まつ梨と藤丸の一件と、虚圏(ウェコムンド)に送る事を助けたが、それはそれで微妙だ。
それに、名前で呼ばれた記憶もない。もしかして、自分と一護の信頼関係は居候している恋次よりも低いのではないだろうか。
「あの、藤丸さん。ちょっとお聞きしますが・・・」
「はい、何ですか?」
「・・・黒崎さん、もしも、もしもですよ? 何かあったら・・・アタシと六番隊の副隊長さんと・・・どっちに相談しますかね?」
「ええ? ・・・そうですね。多分・・・」
うーん、と藤丸は唸った。ああ見えて、一護は浦原に遠慮をしている。借りがある、助けてもらったという意識が強すぎるのだ。
だから、よほどのことがない限り――例えば浦原にしかできないことだ――相談はしないのではないか。
「恋次くん、かな・・・?」
「平子さーん。アタシ、ちょっくら勉強部屋を爆破してきますんで、店番よろしくお願いします」
「いやいやいや、ちょっと、浦原さーん!?」
触れてはいけないものに触れたらしく、浦原はおそらく恋次のいるであろう勉強部屋の爆破宣言を宣告した。
そんな浦原を見て、平子は心の底から同情の視線を送った。
「お前・・・俺とどっこいどっこいつーよりも、人間性の時点でダメとちゃうんか?」
「・・・しくしくしく」
いじける浦原をよそに、平子は店先にあったラムネを一枚硬貨で買い上げて、きゅぽんと蓋を開ける。
んぐんぐと、おいしそうにそれを呷り、ぷはーと一息ついて。
「喜助ぇー、これ、もう二つくれや」
ぴいん、と小気味良い音を立てて平子は硬貨を二枚渡す。
「・・・そこの、取っといてください」
「おおきにー」
「あれ、もう行くんだ?」
「おうよ。俺、喜助と違ぅて若いから、好きな子にモーションかけに行くねん。これはプレゼントやなー」
二本のラムネ。しかし、もう一本はひよ里にあげるらしい。お土産がないと拗ねる、と平子は保護者のような口調だ。
「・・・平子さんの裏切りものー」
「悔しかったら、甘えてもらやーええやん。大人の色香で」
浦原はそれを見てため息をつく。
去り行く平子の背中を眺め、浦原は独り言なのか、それとも藤丸に向けていったのか、ただ一言。
「・・・アタシ、まだ高校生で通じますかね・・・?」
藤丸は、あえて何も答えなかった。
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