「ノイトラっ!!」
何が起こったのか、わからない。
ただ、そこに意識だけがある。
全身の神経を麻痺させて、思考だけがこの身体に残ったようだった。指一本動かせず、俺は倒れる。
目の前の光景。それは、緑髪の女が、この世で一番憎い女が、俺に向かって手を伸ばす光景。
そいつは俺に近寄って、俺の名をしつこく呼んだ。何度も何度も、聞こえているというのに。
「ノイトラ・・・!」
うるせえな。耳障りなんだよ、その声。
罵倒しようとしても、唇さえ動かない。俺は、女に、ネリエルに抱きかかえられた。なんて情けない。何が起きたというのだ。
「ノイトラ、そんな、嘘でしょ・・・」
信じられないと言いたげに、ネリエルはつぶやいた。何が嘘だというのか。ちらり、と片目だけの眼球を動かす。
そこに、俺の腕はない。右も、左も、千切れ飛んでいる。
くそ、しくったな、とつぶやこうとしても、それだけのことをする気力が俺にはない。
そこへ、ぽたり、と何かが落ちた。
鬱陶しいと思いながら、俺は唯一の自由である目を動かし、上を見た。
ネリエルの、顔だ。実に気に食わない、あの平静な面構えではない。
目一杯の涙をためて、泣いていた。
何で泣く。どうして泣く。何のために泣く。
俺は、ネリエルの頬についた涙を拭おうとしたが、手がないのでそれもできない。こんな時だけ、役立たずだ。
「ノイトラ・・・」
しつこいほどに、ネリエルは俺を呼んだ。俺はそれに答えることが出来ない。苛立ちだけが俺の中に残る。
うるせえ、泣くな。
「ノイトラ・・・!」
聞こえてる。
「ねえ、お願いだから」
だから、何だ。
「――――」
俺は、それを最後まで聞くことはない。
「ノイトラ様?」
「・・・・・・っ」
ふっと、意識が一気に覚醒した。
俺は頭痛を覚え、頭を抑える。――抑える?
俺は、俺の腕をつかんだ。感触はある。つまり、俺の腕はちゃんとあるということだ。
「・・・夢か」
意識を集中しすぎて、寝惚けていたようだ。俺は内心、歯噛みをする。どうして、あんなものを見てしまったのか。
「ノイトラ様?」
「うるせえ。少し黙ってろ、テスラ」
腕が痛い。頭が痛い。胸が痛い。あるはずもない、目が痛い。
全て幻覚だというのに、あの幻の中にある傷跡がやけに疼く。
その全部、切り捨てたはずだというのに、忌々しい。
全部、夢だ。意味のない、幻だ。
俺には、必要のないものだ。
「ノイトラ」
「・・・っ!!?」
名を呼ばれ、俺は振り向く。
しかし、そこには何もない。
「・・・・・・」
ただの、幻聴だ。
あの女の存在など、俺には関係ないし、必要もない。
俺は、全部捨てたはずだ。
なのに、頭の中であの女の声だけが響く。
それも、ただの幻聴に過ぎない。
忘れられるはずがない、影。俺はそんな幻影に、頭を悩ませた。
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