何でこんなところにいるんだろう。
宮能 まつ梨は考える。
そもそもの原因は何だったかと、考え事をしていると、柔らかな何かが背中に当たる。ついでに、目の前の視界が誰かの腕に覆われた。
こんなことをするのはただ一人。
「まつ梨ぃーっ! なぁにシケた顔してんのぉ! さっ、飲んで飲んで!」
「ら、乱菊ちゃん・・・」
昔可愛がっていた女の子は、立派な大人の色気漂う美女に変身した。昔はやんちゃで、少しおしゃまな女の子だった彼女の変身劇を、とある事情があるにせよたった数ヶ月で見せつけられたまつ梨は、時の流れだけには勝てないと思い知らされた。
「乱菊さん、結構飲んでますね?」
ぐびぐびと手元にあったコップに注がれたお酒を飲んでいるのは、赤髪の六番隊の副隊長の恋次だ。
彼もまつ梨とは顔見知りで、甘味を始めて教えてくれた恩人なのだが、久々の再会時にはすっかり忘れ去っていた恩知らずな一面がある。
「飲み潰れないでくださいよ。・・・誤魔化すの、俺なんですから」
恋次はちょびちょびと酒を飲みつつ、つまみ――主に大福や饅頭など――を口にする。
「わかってるわよぉ! と、いうわけでまつ梨も飲んだ、飲んだ!」
どういうわけだか、乱菊はまつ梨のコップに酒を注ぐ。
ぎりぎりの表面張力が発揮されるまで注がれ、まつ梨は顔を青くする。お酒は飲んだことはあるが、酔いつぶれるほど飲んだ記憶はない。
死神となって朱司波姉弟に盛大に祝われた記憶はあるが、そこではお猪口数杯程度だ。今思えば、あれが最初で最後の飲酒だった。
「・・・まつ梨さん、あんまり無理はしない方が良いよ・・・」
二日酔いの恐ろしさが身に染みているのか、それとも乱菊の押しの強さを知っているのか、吉良は顔を青くしながらまつ梨に小さく忠告する。
「乱菊さんの酒癖の悪さはかなりのもんだからなぁ」
他人事のように――事実、他人事でしかないのだろう――檜佐木は軽く笑みを浮かべる。
乱菊、恋次、吉良、檜佐木。この副隊長たちは上司の目をかいくぐって、こっそり宴会を催している不良副隊長sだった。
まつ梨はそれに口止め料として参加しているのだ。
「・・・う、うううううむ」
無理やり誤魔化されたような気がするが、目の前になみなみと注がれた酒を前に、まつ梨は唸る。
何度も言うようだが、酒は飲んだことはない。
まつ梨は意を決し、一気に飲み干す。
「おっ♪ まつ梨、良い飲みっぷり〜♪」
乱菊がまつ梨の思い切った飲みっぷりを茶化す。そこへ、ひらひらした女物の着物を羽織った男性死神。乱菊はすぐさま、その人物を歓迎した。
「京楽隊長ー、またサボリですか?」
「いやいや、ただの休憩だよ」
やってきたのは十三番隊の中でも、一番の宴会好きの京楽だった。
「おや、まつ梨ちゃんも一緒かい? 珍しいなぁ」
「口止めですけどね」
楽しげに会話する十番隊副隊長と、八番隊副隊長の姿はある意味、日常の象徴だ。いつものことである。
「あれ? まつ梨?」
「うー・・・なに、乱菊ちゃん・・・?」
まつ梨の顔が赤い。
明らかに酔っ払っているのだが。
「嘘、コップ一杯でソレ!?」
「まつ梨ちゃん、お酒弱かったの?」
京楽と乱菊はそれぞれの反応を示す。さすがに心配になった恋次が、まつ梨の顔を覗き込んだ。
「まつ梨・・・大丈夫か?」
「ん・・・大丈夫、大丈夫。ちょっとぼーっとするだけで、平気・・・」
ぽふっ、とまつ梨は横にいた吉良に倒れ掛かった。
「ままままま、まつ梨さんっ!?」
「うー・・・」
まつ梨は吉良にもたれかかるように、ぐりぐりと頭を押し付ける。
「猫みたいだな・・・」
「言ってないで、ちょっと阿散井くんっ、乱菊さんっ、助けてくださいっ!!」
かなり切羽つまった顔で吉良は助けを求めた。もともと女性の扱い方に慣れていない、エセフェミニストなのである。
「何だ、吉良〜。こーゆー時は、優しく介抱するのがお約束だろう?」
檜佐木は何やら怪しい笑みを浮かべる。そして、まつ梨を介抱しようとするが。
すかっ
その手は空ぶってしまう。
「・・・おい、吉良」
「何ですか」
「何でまつ梨を、野蛮人から庇うみたいに自分を盾にしてんだ」
「檜佐木さんは、何か信用なりませんからね・・・特に女性に関しては」
「どーゆー意味だよ!!」
「そのまんまですっ!!」
どうやら不埒な真似をしようとしたと取られたらしい。まあ、下心があるかないかで言えば、あるのだろう。しかし、酒を飲んでテンションの高い檜佐木の沸点は低かった。
あっという間にまつ梨を巡る争いが勃発する。
「僕は知ってますからねっ、前、女性死神協会の風呂を覗く計画が立ち上がって、その中心にはあなたの名前があったって!!」
「アホか! んなの、ガセだガセ! 大体、風呂場をのぞくにしても、バレたらこっちは素っ裸で報復受けるだろうって、結局おじゃんになったんだよ!」
「生々しいんですよっ! それに、まつ梨さんのことも、卑猥な目で見てたんでしょうっ!?」
「男として当然の評価をしたまでだ! 悪いかっ!?」
「悪いに決まってますよ! まつ梨さんは僕らの恩人なんですよ!! なのに、そんな目で見るなんて、破廉恥にも程があります!!」
「うるせ、男の本能だっ・・・っていうか、吉良ぁ、随分とまつ梨の肩を持つな・・・何でだ?」
「ぶっ! いいいい、今のこの話には関係ないでしょうっ!」
「ま、そう言うな。どうなんだ、そこの所?」
「ぼぼぼ、僕は別に。そりゃ、彼女は色々と相談に乗ってくれたり、修行相手になったり、落ち込んでいる所を励ましてくれたりとか、そりゃ人柄は実に好ましいとは思っていますけど・・・うわああああっ、僕は何を言ってるんだっ!!」
「ってかお前、雛森はどうなんだよ?」
「ふへっ!?」
「まあ、タイプ違うよなぁー。大人しそうだけど、芯の強い雛森。しっかりしてて、世話焼きなまつ梨。二股もいいよなぁ?」
「そーゆー檜佐木さんだって、まつ梨さんと二人っきりで修行してたじゃないですかっ!!」
「あ、ありゃあ、別に白打の練習に付き合ってただけで・・・阿散井っ、お前も参加したよなっ」
「うおっ、こっちに矛先がやってきた!?」
何やら先輩副隊長と同期副隊長が口喧嘩するのを他人事のように眺めていた恋次は、びくぅっ! と反応する。
ちなみに当のまつ梨は、吉良の肩からずり落ちて、すいよすいよと地面に頬を擦り付けるようにして眠っている。
その横で乱菊は人様の恋愛事情の暴露話をわくわくと聞き入っている。京楽もしかり、だ。
「京楽隊長っ、何か面白いことになってますねぇ〜」
「若いってのはいいねぇ〜。ねえ、まつ梨ちゃん、本命は誰なんだろうね?」
「うーん・・・うちの日番谷隊長とは、けっこうなでこぼこコンビで良い感じなんですけどねぇ」
「ははは、嫌がるだろう、彼は。何と言うか、昔の自分と比べられるのを嫌がってるみたいだけど」
「ああ、それ! 笑い話ですよ。まつ梨によると、隊長ってば昔と全然変わってなくて、むなしくなるみたいですよ〜」
「・・・それはまた、ご愁傷様としか言い様がないな」
これには京楽も苦笑するしかない。十番隊隊長殿は子供扱いされるのが嫌いで、特に身長に関してはコンプレックスを持っている。
その性格は全隊長の中でもかなりの精神年齢を誇るというのに。
「あたしとしては・・・恋次、は微妙だから・・・今ケンカしてる吉良と檜佐木の二人とは結構仲良いみたいですね」
「ほほう。それはそれは」
「あー、でも・・・十一番隊の連中とも付き合いがあるみたいで、ちょっと不安ではあるんですけど」
「あー・・・修行中は酷い時には三日間、ずーっと十一番隊の隊士相手に修行していたらしいからねぇ」
こっちには顔を出してくれなくて、ちょっと寂しかったなー、と京楽がぼやく。
「いっそのこと、浮竹のところの嫁にいくのもありかなぁー」
「うわ、爆弾発言・・・シャレになりませんよ」
その様子を想像したのか、乱菊も苦笑する。別におかしくはないが、おかしくなさすぎるからこそ、恐ろしいのだ。
「まあ、僕らにとっちゃ、もう義理の娘みたいなもんだしねぇ。幸せになって欲しいもんだよ」
そうほのぼのとした会話をする京楽と乱菊。その目前で繰り広げられている、副隊長sの口喧嘩といえば。
「そういえば、阿散井くん・・・君はまつ梨さんと古い知り合いにも関らず、再会した時、名前をすっかり忘れていたそうだね」
「ぐっ! それはそうだが・・・」
「まつ梨のヤツ、ちょっと落ち込んでたなぁ。朽木のヤツは覚えてたのに、お前だけ忘れてたとか」
「隊長格の方達は全員覚えていたし、副隊長の人たちも結構覚えていたらしいのに・・・」
「乱菊さんでも忘れてなかったんだぞ」
「うううううううううっ、やめろー、すげえ情けない俺ぇっ!!」
酔っているので何言っているかわからないが、とにかく自己嫌悪に陥る阿散井 恋次。それを聞いた乱菊がきゅぴーんと目を光らせる。
「ちょっと、恋次ぃ〜? それってどーゆー意味?」
怪しく目を光らせて、乱菊は三つ巴の副隊長に特攻する。
残された京楽は、残ったお酒を杯に注いで、このやかましい状況で眠り続けるまつ梨を撫でながら一言。
「今日も平和だねぇ・・・」
なんて、つぶやいていた。




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