甘い匂いがする。
卵と牛乳。バターをとかす甘やかな香り。
食欲をくすぐる香りだ。
「・・・一護、何を作ってんのや?」
その匂いに惹かれたのか、平子が肩に顎を乗せて問いかける。
最近になってわかったのだが、平子は意外にスキンシップ好きだ。ベタベタ触って気持ち悪いと張り倒すと、何とも恨みがましい目で睨まれた。
そして、ぶちぶちと文句を言われ、さすがに堪え性があるとは言いがたい一護は、あっさりと平子のそれにギブアップを示した。
なので今の一護にとって、肩に顎を乗せる野郎にも慣れつつある。あまり嬉しくない慣れだ。
「パンケーキだよ」
「ホットケーキかい。意外やな」
「パンケーキだっての」
言い直す平子に、一護が訂正する。フライ返しでひっくり返しながら言っているところを見ると、意外と家事に手馴れているのだなと、平子は思った。
「甘いの、好きやっけ?」
チョコレートの差し入れを渡したら、一護は無言で食べたのを見ると、甘いものは嫌いじゃないようだ。
バレンタインでの成果に関しては、この性格だから少し微妙な評価に違いない。中身は割りと普通の青年なのに。
「食えなくはない。つか、食いたいっつったのは、ひよ里とリサだ」
「俺の分もあるんか?」
「・・・生地が余れば作ってやるよ」
「・・・一護、お前な」
「何だよ」
「世の中、ツンデレブームやけど、お前もそうやと思うと色々と痛々しいなぁ」
じゅっ
会話が続かないので、適当に思った事を口にすると、一護はパンケーキを焼いているフライパンで、平子の頭を押し付けた。
どうやら、心の急所とも言うべき、逆鱗に的確にぶち当たったらしい。
「っだあっちゃああああっ!? ちょっ、何すんねんっ!?」
「殴るぞ」
「殴る言うより、これ押し付けとるやん! ひよ里の言うとおり、ハゲになったらどうないするん!?」
「うっせえ。そのままハゲてろ」
一護はぶすっ、としたまま、無言でフライパンをコンロに戻す。
どうやら、怒らせてしまったらしい。
「拗ねんなや、一護」
「うるせぇ、拗ねてねえ」
嘘だ。そんな眉間にしわ寄せてるくせに。
平子は内心、一護の怒った顔がお気に入りという、微妙な趣味をしている。
おそらく、機嫌を取るのも込みで好きらしい。苦労を買ってでもするタイプというべきか。
「お前の作っとるの見とったら、俺も食いとうなったんや。機嫌直しぃ」
「くっつくな!」
後ろから抱きすくめると、一護は顔を赤くして抗議する。しかし、本気で振り払いはしない。そこがいいのだと、平子は語る。
「なー、一護」
「・・・何だよ?」
腕を首周りから、腰に移動させる。一護は特に気にしていないが、平子は何かエロいとか思っている。口に出したら殴られるのはわかっているので、絶対に言わない。
平子は一護を怒らせるのは好きだが、殴られるのは嫌だという、精神的マゾだ。
「・・・うりゃっ」
「あだっ!?」
なぜか平子は一護のコメカミめがけて、デコピンした。
「ってえなっ、何しやがる!?」
「焦げよる」
「あ」
平子の一言で、一護はその認めたくない事実に気付いた。
どわあああ、とあられもない叫び声を発し、ひっくり返す。片面だけ、キレイに黒い。食えなくはないだろうが、大層見目も悪く、発ガン物質がたっぷり入ってる。
「中は焼けとん?」
「・・・ああ、そこは大丈夫だ」
蒸し焼き状態だったらしく、竹串で指して焼き加減を確かめる。穴を空け、抜く。そこに生地がついていなかったので、中まで火が通ったらしい。
「どうすっかな、これ」
「じゃあ、俺にくれや」
「え、食うのか。これを」
「別に死ぬわけやないやろ、この程度」
片面だけが黒こげなだけ。それに、病気とはほとほと縁がない。
平子は一護の返事も聞かず、フライパンをひっくり返して、皿に盛った。
「そん代わり、甘ぅしてや」
パンケーキにかけるであろう、甘いシロップを見て、平子はにやりと笑った。
オマケ
「平子・・・お前、パンケーキにジャム挟んで食うのか?」
「んが? ひはいとうはいで、いひふぉ(ん? 意外とうまいで、一護)」
「いや、ハチミツとかメイプルシロップとかあんのにさー・・・つーか、食いながら喋んなよ!」
「んぐ。・・・でも、俺の言うとることわかる一護も結構凄いやん」
「・・・そんなもんか?」
「ええやん、別に。つか、一護はチョコレート派?」
「んー。割と好きかな。ピーナッツバターはさすがに遠慮してぇ。甘すぎ、アレ」
「俺はあんくらいは平気やけど・・・」
「・・・なあ、平子。頼むから、喋りながらイチゴジャムつけたパンケーキに、シロップ上乗せはやめてくんねえか?」
「何でや。うまいのに」
「・・・お前って、顔に似合わずすげえ甘党なんだな」
「悪いか。最近、ジャンプでも流行っとるやん。糖尿ヒーロー」
「・・・流行ってんのか、それ?」
「・・・さあ?」
戻る