「ちょっと、兄貴、何やってんのっ!? とうとう頭に沸いちゃったの!?」
「てめえ、イールフォルト、お前、正気か!?」
・・・何で髪を結われてるだけなのに、そんな目で見られなきゃいけないんだ。
事の発端はネリエルのきらきらと光る上目遣いだった。
女性特有の身長差によるそれは、女性慣れしていないイールフォルトは二つ返事で願いを聞いた。
面倒だとは思ったが、あの純粋無垢な、子供みたいな目でお願いをされて、断れるはずがないのだ。内容自体も、別段、大したことではない。
この自慢の長い髪をいじらせてくれという、実に可愛らしいお願いだった。
間違ったことはしていないはずだ。女性には優しくするべきだと考えているイールフォルトの考えは、決して間違っていない。
なのに、目の前にいる弟とその友人は、どうしてそんなに驚き、怒っているのか。
「・・・何か、用かしら?」
ネリエルはイールフォルトの髪を綺麗にとかしながら、失礼千万な客を出迎えた。
「何であんたが兄貴の髪を弄ってるんだよ!?」
どうしてそこまで激昂するのか、ザエルアポロは叫んだ。眉間に皺がより、いかにも怒っていますと主張するような、負の感情に彩られた顔つきだった。
「・・・うーん」
ネリエルはしばし悩んで。
「私が、イールフォルトが好きだから?」
「ぶっ!!?」
突然の告白の、グランツの名を持つ二人は噴出した。
「この前作ってくれた、ビスケットはとてもおいしかったし・・・」
「あ、はあ・・・」
イールフォルトは家庭的だ。弟のザエルアポロの世話を焼いたりしたせいか、グリムジョーやノイトラ、ウルキオラにすら手料理を振舞ったりしている。
ネリエルも、そのイールフォルトの料理が大好物だったりする。そのせいか、気に入られてしまっているのだ。おそらく、グリムジョーの元へいなければ、従属官にスカウトされたのではないかと言うほどに。
「だから髪の毛を梳かして、遊んでるんだけど」
意外にも不器用なネリエルは、一生懸命頑張ってやりましたと、イールフォルトの髪を二つ結びにした。いわゆるツインテールだ。正直、鏡で確認した時は泣きたくなったが、ネリエルがしょぼんとした顔は見たくなかったので、自然な笑顔で礼を言った。
そんな経緯を知らないザエルアポロとノイトラは、嫉妬の炎が宿った目で睨む。
(・・・何でそんな殺意の目で睨まれなきゃいけないんだっ!)
「イールフォルトの髪は、本当に綺麗ね。光を集めたみたいで、まるで宝石のようだわ」
うふふ、とネリエルは機嫌よくイールフォルトの髪を梳かした。優しく、髪の毛が切れないように、髪留めを外し、ひと括りにまとめて、今度は編み込む。
イールフォルトは抵抗する理由もないから、黙ったままだ。
「・・・あ」
じわり、とザエルアポロが殺意のこもった刺々しい視線から一変して、泣きそうな子供の顔になる。涙目になったザエルアポロに、イールフォルトはどきりとする。
横にいるノイトラは何で泣いてんだこいつと驚いている。
「・・・ずるい、ネリエル」
ぽつりと、ザエルアポロが不機嫌そうに、しかし泣きそうな顔で言った。
「兄貴は僕のものなのにっ!」
(何でだよっ!!)
イールフォルトは心の中で反論した。口に出せば酷い目にあうのは目に見えている。
「ノイトラも何か言ってやれよ! ほら、兄貴から手を離せとか、兄貴に触るなとか、兄貴を視界に入れるなとか」
(全部お前の要望だろう、それは)
またザエルアポロの勝手なセリフにつっこむイールフォルト。当のノイトラは何か言いたげだが、口をパクパクさせて、言葉に詰まる。
言いたいことは色々とあるろだろうが、言えないのだろう。
イールフォルトとザエルアポロ、この二人は実はノイトラの恋心に気付いていたりする。そういったことに敏感なイールフォルトがいち早く察し、弟に隠し事が出来ずに露見してしまったという経緯があるのだが。
「・・・ザエルアポロも、いじってあげましょうか?」
「は?」
ネリエルの意外な言葉に、ザエルアポロはぽかんとする。
「・・・あなたの髪、ずっと気になっていたのよね」
ネリエルは一旦、イールフォルトから離れ、ザエルアポロの髪の毛に触れた。
「可愛い色よね。やわらかくて、猫みたいだわ」
くす、と柔らかく笑うネリエルに対し、ザエルアポロは唖然とした。まさか、そんな言葉を言われるとは思っていなかったのだ。
「っ、ネリエル!!」
がしっ
ノイトラはザエルアポロの髪の毛に触れていたネリエルの腕を取った。
「・・・何かしら?」
「・・・・・・・・・・っ!!」
色々と言いたいことはたくさんあるはずなのに、ノイトラはまた口をパクパクと開閉するだけだ。その姿が陸に上がった魚を連想させて、イールフォルトは心底ノイトラを不憫に思った。
「・・・ネリエル様、ノイトラも髪をいじって欲しいみたいですよ」
「はあ!?」
そのイールフォルトの言葉に一番驚いたのはノイトラだ。
「いくぞ、ザエルアポロ」
「あ、うん」
ザエルアポロは瞬間的に返事をし、兄と一緒にその場から立ち去る。
残されたのは、硬直したノイトラと、残念そうにイールフォルトらを見送るネリエル。
「ねえ、兄貴。何であんなこと言ったんだ?」
「さあな。それに、ネリエル様が言ってたんだよ」
「?」
「俺の髪の毛も綺麗だけど、ノイトラの髪の毛も綺麗だって」
「・・・わざとかな、それは」
「知らねえ。・・・まあ、お似合いだよな。うまく事が運べばいいんだが」
「無理だと思うけど」
「いいじゃねえか、祈るだけはタダだ」
それは、太陽の沈まぬ虚圏での出来事
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