くすぐったい感触に目を覚ます。視界が一瞬、鮮やかな桃色で覆われる。
ザエルアポロ。
どうやらヤツに、くい、と髪の毛を引っ張られているらしい。
「・・・何だ、兄弟」
もう少し寝かせてくれ、と暗に潜んだ思いに気付いているのか、いないのか、ザエルアポロは兄を無視した。
髪の毛を引っ張ったり、梳かしたりしている。
イールフォルトはやれやれと、もう一度眠ろうとする。
昨日はとても疲れたのだ。
嫌だと抵抗していたのに、ザエルアポロは聞き入れずに、己の欲望のままにイールフォルトを弄った。
そして、その抵抗はあっさりと幕を引き、全身くまなく犯された。
もう、イールフォルト身体全て、ザエルアポロは熟知しているのではないかというほどに。
甘く、どこかほろ苦い誘いに、イールフォルトは手向かうなんてできなかった。どろどろになるまで溶かされてしまった。
思い出して、イールフォルトは顔を真っ赤にして、ザエルアポロに背を向けて眠ることにした。
身体はだるいし、腰と腹あたりは錘でもつけたかのように動かない。昨日の余韻がまだ残っている。もう少し眠っていたい。
しかし、隣ですでに目覚めているザエルアポロは、そんなことを許すはずがなかった。
「ひゃんっ!?」
つう、とイールフォルトの白い背中をなぞった。背骨あたりを、爪で引っかくように。
「・・・兄貴って、弱点多すぎだよね」
「あ、ちょ、待て、ザエ・・・っ!」
ぎゅう、とザエルアポロは背中からイールフォルトを抱きしめて、耳元で囁く。その息遣いが嫌でもわかってしまい、イールフォルトは嫌々と首を振る。
「耳も弱いし」
「んっ・・・!」
ふるふると身体を震わせ、イールフォルトは涙目になる。くすぐったい感触と、ザエルアポロの存在に反応する。
「あと、うなじ?」
「ひっ・・・!!」
ちゅ、とイールフォルトの金の長髪をかき分けて、口付ける。それにイールフォルトはびくん、と背を反らした。
ザエルアポロはそれを見て、嬉しそうに笑みを浮かべて、イールフォルトを仰向けに寝かせて、その上に跨る。
「ざ、ザエルアポロ・・・?」
「ここも、弱いよね?」
「あっ」
脇に手をやり、その身体を持ち上げるようにすると、イールフォルトは目に見えて抵抗しない。くすくすと、ザエルアポロは艶やかに笑う。
「可愛い」
ザエルアポロはちゅっ、とわざと音をたてるようにしてイールフォルトの鼻にキスをする。
イールフォルトはうー、とか唸って不満げにザエルアポロを見る。体勢の関係で、上目遣いになるのはご愛嬌だ。
「あと、胸をいじくられるのに弱いし、下の方のお口はもっと弱いよねぇ?」
にんまり、とチシャ猫みたいな笑みを浮かべる。大抵、ザエルアポロの笑みなんて、四種類に分類される。
最も付き合いの長いイールフォルトの中では、機嫌がいい時の胡散臭い微笑み、見下すような嘲笑い、皮肉った冷笑、そして今の何かを企んでいるような悪い笑み。
この笑い方が一番、ろくでもない。
「・・・変な触り方、すんな」
今度は指先が胸元へと伸びる。冷たい温度が、指先から広がる。
「脈を取っているだけだけど?」
また語尾上がりに、どこか皮肉った言い方をされれば、イールフォルトは返す言葉もない。
じれったいくらい、触れるか触れないか、ザエルアポロは指の腹を使って、イールフォルトの胸元をなで上げる。
実際に、イールフォルトの胸に心臓などなく、心音は計れない。脈も手首の方が聞こえやすいだろうに。
「じゃあ。せめて、そこから下りろよ・・・恥ずかしい」
イールフォルトは今、裸だ。ザエルアポロも裸だが、下は着ている。しかし、イールフォルトはそうではない。
ここはザエルアポロの第八宮なのだ。そこへ無理やり呼び出され、夜を過ごした。着替えは持ってきてない。あるとしても、ザエルアポロから貰わなくてはならない。
何だか、気恥ずかしいのだ。先ほどまで互いに抱き合っていた仲だとはいえ、それとこれとは話は別なのだ。
「・・・イヤだね」
ザエルアポロはそう言って、イールフォルトの首筋にキスをする。鋭い痛みがしたので、痕になったと予想できた。
「まだ、増やすのか、これ」
これ、と指差されたのはキスマークだ。昨日から、優に二桁はつけられている。
「・・・兄貴が強請ったんだろ、もっと付けてって」
「言ってねえよ!!」
そんなことはまったく記憶にない。イールフォルトは顔を真っ赤にして反論した。
「って言うか、嫌がらせもしたくなるよ」
「は?」
「これ」
言ってザエルアポロは器用にも、イールフォルトに跨った状態から背を向ける。そして、肩辺りを指差す。
赤い傷があった。丸カッコのような傷。しかも、良く見ると二の腕に猫にひっかかれたような傷もある。
「ど、どしたんだ、それ・・・」
確か、昨日まではそんな傷はなかった気がする。
イールフォルトは戦慄していた。目の前にいる虚圏でマッドサイエンティストの名を欲しいままにし、戦闘能力は低いとはいえ十刃のザエルアポロを傷つけるような輩がいるのか、と。
そんな風に驚くイールフォルトを見て、ザエルアポロは心底呆れたようにため息をついて。
「兄貴がつけたんだろ」
「・・・へ?」
「覚えてない?」
イールフォルトはうーんと頭をひねった。
「・・・必死に、しがみついてきたからねえ。それを振り払うほど、僕は嫌なヤツじゃあないんだけど?」
にっこりと、至近距離で邪気のない――ように見える――笑顔で迫るザエルアポロ。
イールフォルトは猛烈な嫌な予感に冷や汗をかく。
「え、えっと・・・?」
「これは全部兄さんにつけられたものなんだけど?」
なぜかいつもの“兄貴”ではなくて、甘ったれた声で“兄さん”と言ってくる。
「・・・・・・・・・・っ!!」
脳裏に浮かぶのは、昨日の情事。何度も何度も、艶めいた声を上げてしまったあの出来事。
その傷がどうやってできたのか、嫌でもわかってしまう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまん」
ぼそり、と謝るとやれやれと弟は肩をすくめる。
「さすがに泣いてすがる兄貴を振り払うほど、薄情じゃないからねぇ」
僕はとっても優しいからねぇ、とザエルアポロは胡散臭い笑みを浮かべる。うー、とイールフォルトは口惜しそうに睨んだ。
「・・・それで、どうする? 起きる? 寝る?」
「・・・寝る」
「そう」
じゃあ僕は起きるね、とザエルアポロはベッドから立ち上がろうとする。
しかし。
「・・・兄貴?」
イールフォルトは、ザエルアポロの腕をつかんだ。そして、ザエルアポロは疑問をそのまま口に出す。
「・・・お前と一緒じゃなきゃ、嫌だ」
「・・・・・・・・・兄貴」
ザエルアポロは呆れたような顔をするが、内心は狂喜乱舞している。可愛い可愛い可愛いと叫び、撫で回してやりたい。その行動はペットを溺愛する、どこかの親バカ飼い主に似ている。
「・・・何でそんなに可愛いのかなぁ、僕の兄貴は」
「・・・知るか!」
イールフォルトは顔を真っ赤にしたまま、布団を被る。器用にもザエルアポロを掴んだ手は、絶対に離さない。
そんな可愛らしい兄に意地悪をしたくなったザエルアポロは、耳元で囁いた。
「・・・兄貴」
「・・・・・・」
背中で、イールフォルトは何だよと語る。顔も見えないのにここまで意思疎通できるのは、兄弟の絆か、愛の力か微妙な所だ。
「・・・好きだよ、愛してる」
返事の代わりに、ぎゅう、とイールフォルトの指先に力がこもった。





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