「あなたは私のことが嫌いなのでしょう」
そう言われて、ないはずの心臓が脈打った。

ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。
テスラの主人であるノイトラの好敵手。いや、正確に言うのなら、気に入らない相手。
向こうはノイトラのことなど、歯牙にもかけていないだろう。
圧倒的で、孤高たる強さを持つ。強いだけではなく、女性特有の凛とした、しなやかな美しさはおそらく虚圏随一だと思う。
だが、面と向かって嫌いと言われるとは思っても見なかった。
嫌いなのでしょう、と。
少し寂しげに言う彼女を、そうさせたのは自分なのだろうかと、テスラはなぜか落ち込んだ。
そして、こんなことは主人にも相談できるわけもなく。
「・・・あまり、気にしない方がいいと思うが」
相談相手でもあり、話があったのでテスラはイールフォルトに相談した。
ザエルアポロの兄である彼は恐るべき肉体的にも精神的にも耐久力があり、また世話焼きな一面があるので相性がいいのだ。
「・・・しかし、なぜか気になってしまって・・・」
どんよりとした空気を纏って、テスラはひたすら落ち込んだ。
自分がネリエルに無作法をしたのではと、どんどんとマイナス方向に考えが止まらない。
「お前はネリエル様とあまり話したことはないんだろう?」
「ああ、二人きりで会ったことはないが・・・」
会ったとしたら、それは常にノイトラと共にいる時だけだ。すれ違い、ノイトラが一方的に罵る。そして、ネリエルはそれを無視し、子供のような悪ふざけに付き合うつもりはないと、軽く一蹴する。それが彼女と出会う、テスラにとっての唯一の方法だ。
「ノイトラはともかく、お前はネリエル様が嫌いなのか?」
「まさか! あのお方は気高く、優しい方だ。嫌う理由が見つからない」
ネリエルは下位の破面から、尊敬を集めていた。そして、時には信頼を託されることもある。
それは、彼女が能力だけで他者を判別しないからだろう。本能だけの虚にはない、慈しむ心。神話に出てくる聖母のような清らかさが彼女にはあった。
「俺はあの人のこと、嫌いじゃないけどな」
イールフォルトはネリエルと仲が良い。その事で、ザエルアポロに睨まれたらしい。イールフォルトはザエルアポロがネリエルを嫌っていると知っていたので、そのせいだろうと言っていたが、おそらくただの嫉妬だろうとテスラは推測している。
「美人だし、気立てはいいし、優しいし。正直、グリムジョーとは別の意味で、上に立つ素質がある」
イールフォルトはネリエルを誉める。テスラ自身もその通りだと思う。
だが。
「尊敬はしている。だが、嫌っているなんて有り得ない・・・」
「ノイトラの従属官になると聞かれたのか?」
有り得ない話ではない。従属官は、使えるべき十刃と何となく性質が似ている。だが、あのネリエルにしては、随分と極論のように感じられているのだ。
「別に、そういう意味ではないのだけどね」
声は意外なところから降ってきた。
それは、テスラとイールフォルトの背後から。
そして、付け加えさせてもらうと、女の声だった。
「ネリエル様っ・・・!?」
驚愕するテスラの背後にいたのは、見紛うことないネリエルだ。
そして、聖母のように優しげに微笑む。
「あなたは、私の事を嫌いだけど、本当はそうじゃないのよ」
断定するようにも聞こえるが、試すようにも聞こえた。どちらが真実なのか、テスラにはわからないが。
「・・・あなたはね、きっと私が邪魔で邪魔で仕方がないのだと思うの」
その声は、ないはずの心臓を貫いて、深く突き刺さった。
「そんな、ことは・・・」
「そして、消えてしまえばいいと思っている」
耳朶へと伝わる声は、染み込むようだった。否定しても、それは決定的なものではない。
「それを隠そうとするから、忠告しておいたの」
冷淡な物言いは、どこか悲しげで。
テスラをしっかりと見据えていた。
「安心して。その程度で、私は傷つかないわ」
「え・・・」
それにネリエルはフッと笑って。
「話はそれだけよ、悩ませてごめんなさい」
そう言うと、ネリエルは二人に背を向けた。その横顔はどこか悲しげだった。
「イールフォルト」
「は、はい」
先ほどから話に入れず、硬直していたイールフォルトだが、声をかけられて返事をする。
「・・・また、髪の毛を触らせてね」
「・・・はい」
イールフォルトは答え、ネリエルはその返事を聞くと、背を向けて去って行った。
テスラはネリエルの霊圧と気配が去っていった事を悟り、ため息をつく。
「・・・消えてしまえばいい、か」
そう、それはネリエルに対して常に思っていたことだ。
ノイトラの壁になるもの、それは全部破壊されるべき存在だ。
テスラは無意識にそれをわかっていたし、それを肯定していた。だからネリエルに不快感を感じ取って、嫌っていたのだろう。
だが、それはあくまで無意識の産物だ。テスラ自身に自覚はなかった。
だが。
「その通りだけど、何かが違うんですよ、ネリエル様・・・」
その声はどこか甘い響きがあった。
あの3の数字を背負う彼女が、消えてしまえばいいと思っている。
けれど、それはノイトラのためだけではない。
きっと、彼女が消えれば、この胸にすくう、ないはずの心臓を傷めるものはなくなるのではないか。
視界にすら入っていない自分にも、救いが与えられるのではないか。
そんな身勝手な考えが、自分にはある。
どうしようもない、矛盾だ。
「・・・大丈夫か?」
イールフォルトが横目で、心配してくる。事情を察知しているのか、何となく心細い顔だ。
「・・・ああ、大丈夫だ」
きっと、自分は死ぬまでこの矛盾を抱くのだろうと思う。
愛というには、これはあまりにも自暴自棄で、身勝手な感情。きっと、これは愛なんてものじゃない。
だから、永遠に隠し続ける。


足元にあるひずんだ石は、きっと永遠に壊れずに、
そこにあり続ける





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